未払い残業代の請求は、労務トラブルの中でも特に紛争化しやすく、金額も膨らみやすい分野です。
しかも実務を見ていると、
最初から悪意があった会社より、「知らずに間違えていた会社」のほうが圧倒的に多い。
その典型が、
- 顧問社労士をつけていない
- 給与計算を自社でやっている
という会社です。
目次
1. 実感値として「7割は残業代計算を間違っている」
実務の感覚として、
顧問社労士をつけず、自社で給与計算している企業の約7割は、残業代計算を間違えています。
しかも多いのは、単純な計算ミスではありません。
そもそも「所定労働時間」と「残業」の定義を理解していない
というケースです。
・月給制だから残業代はざっくり
・固定給だから多少の残業は含まれている
・忙しい時期だけだから問題ない
こうした認識は、すべて未払いリスクに直結します。
2. 「1日1時間のカウント漏れ」がどれだけ危険か
ここで、よくあるケースを数字で見てみます。
前提条件
- 基本給:28万円
- 月の所定出勤日数:24日
- 1日の所定労働時間:8時間
- 本来は1日1時間の残業があったが、カウントされていなかった
① 時給単価の計算
月の所定労働時間は、
24日 × 8時間 = 192時間
時給換算すると、
280,000円 ÷ 192時間 ≒ 1,458円
② 残業単価(25%割増)
残業単価は、
1,458円 × 1.25 ≒ 1,823円
③ 月の未払い残業代
1日1時間 × 24日 = 24時間
24時間 × 1,823円 ≒ 約43,700円/月
④ 期間別の未払い残業代概算
- 1か月:約 4.4万円
- 1年(12か月):約 52万円
- 3年(現在の時効):約 157万円
- 5年(将来想定):約 219万円
たった「1日1時間」のカウント漏れで、これだけの金額になります。
3. 労基署対応より怖いのは「弁護士請求」
労働基準監督署は、
違反があれば是正指導はしますが、
「いくら払え」とまでは踏み込みません。
本当に怖いのは、
退職者や在職者が、弁護士を通じて請求してきた場合
です。
この場合、
- 過去にさかのぼって請求
- 会社側の主張はほぼ通らない
- 交渉が長期化しやすい
という状況になります。
さらに、未払い残業代だけでなく、
- 付加金
- 遅延損害金
まで請求される可能性もあります。
4. 紛争化しやすい会社の共通点
未払い残業代が紛争化しやすい会社には、共通点があります。
- 勤怠管理が曖昧
- 手書き・自己申告ベース
- 管理者が後から修正している
- 就業規則に労働時間の定義が弱い
- 「うちは大丈夫」という思い込み
これらが重なると、
請求された時点で、ほぼ負け戦になります。
5. 「払う・払わない」の前にやるべき高度対応
未払い残業代問題で重要なのは、
感情的に否定しないこと
です。
「そんなに残業していない」
「本人も納得していた」
という主張は、法的にはほぼ意味を持ちません。
まずやるべきは、
- 事実関係の整理
- 勤怠・給与データの洗い直し
- リスク金額の把握
この3点です。
金額が見えないまま交渉するのが、一番危険
状況によっては、
早期に現実的な着地点を探る判断も、立派な経営判断です。
まとめ:未払い残業代は「知らなかった」では済まない
未払い残業代は、
- 悪意がなくても起きる
- 少額の積み重ねで巨額になる
- 時間が経つほど不利になる
という特徴があります。
特に、
所定労働時間・残業の定義を理解しないまま運用している会社
は、すでにリスクを抱えている可能性が高い。
未払い残業代は、
問題が起きてから考えるテーマではありません。
起きる前に潰せるかどうか
その差が、
数十万円で済むか、数百万円になるかを分けます。
筆者プロフィール
泉 正道(いずみまさみち)|特定社会保険労務士/採用定着士/生成AIアドバイザー
姫路を拠点に中小企業延べ150社以上へ伴走。採用・定着・労務の相談累計3,000件超(2026年6月現在)。北は福島、南は佐賀まで顧問先があり、全国オンライン対応。
「採用より定着が先」——これが口癖であり、信念。耳が痛くても言い続ける。親に与えてもらった環境や収入を「全て自分の力」と誤解する2代目社長に説教して解約された経験あり。それでも伝え続けるのが私の役目。
支援の軸は制度(ハード)と対話(ソフト)の両輪。就業規則や評価制度を整えるだけでも、研修や面談を繰り返すだけでも、人の問題は解決しない。両方が噛み合って初めて、人が辞めない組織が動き出す。伴走とダメ出しができる社労士。
生成AI支援では「研修を受けた企業の9割が1ヶ月後に何もしていない」という現実に向き合い、経営者のPCを直接触り、当日に課題を解決する「実装型」の伴走を展開。商工会・商工会議所・大手生命保険会社でのセミナー講師としても精力的に活動中。

