熊本地震に学ぶ——姫路の特定社会保険労務士が伝える、従業員の仕事と収入を守るために中小企業が今できること

熊本地震に学ぶ——姫路の特定社会保険労務士が伝える、従業員の仕事と収入を守るために中小企業が今できること

2026年7月28日、熊本県で最大震度7を観測する地震が発生しました。建物の倒壊や道路の崩壊に加え、通信障害や大規模な停電も起きています。被害に遭われた方々の安全と、一日も早い復旧を心からお祈りいたします。

地震のような大きな災害が起きたとき、経営者の頭にまず浮かぶのは、従業員の安否ではないでしょうか。命が無事かどうか。まずはそれに尽きます。

ただ、身の安全が確認できたあと、従業員の頭には必ずもう一つの不安がよぎります。「この状況で、仕事はどうなるんだろう」「収入はどうなるんだろう」という不安です。

当たり前ですが、身の安全が最優先です。その次に来るのが、仕事と収入の話。この順番は、絶対に変わりません。

今日は、姫路の中小企業経営者の皆さまに向けて、災害で従業員が働けなくなったときに何が起きるのか、そして今のうちに何を準備しておくべきかを、お伝えしたいと思います。


目次

  1. 2016年の熊本地震で、実際にあった雇用の支援策
  2. 中小企業が今準備すべきこと(物理面)
  3. 中小企業が今準備すべきこと(言葉の書き方・伝え方)
  4. やってはいけないこと
  5. 社長の一言が、従業員の希望になる
  6. よくある質問

2016年の熊本地震で、実際にあった雇用の支援策

「災害で仕事ができなくなったら、従業員の生活はどうなるのか」。この疑問に答えるため、2016年(平成28年)の熊本地震のときに、実際にどのような支援策が取られたのかを調べてみました。

厚生労働省の公表資料によると、当時は主に2つの特例措置が実施されています。

①雇用調整助成金の特例(事業主向け)

地震の影響で事業活動が縮小し、従業員を休業させて休業手当を支払った事業主に対して、雇用調整助成金の要件が緩和されました。生産指標の確認期間が3か月から1か月に短縮され、助成率も引き上げられています(九州内の事業所の場合、中小企業は2/3から4/5へ)。熊本県外に所在する事業所も対象になりました。

②雇用保険の失業給付の特例=「みなし失業」(従業員向け)

事業所が災害で休止・廃止したために休業し、賃金を受け取れない従業員は、実際に離職していなくても失業給付(基本手当)を受け取れるという特例です。一時的に離職した人も、再雇用が予定されていれば受給できました。

つまり、「会社をクビにならなくても」「一旦離職という形になっても」、従業員が収入ゼロにならないための仕組みが、実際に用意されていたということです。

このほかにも、2016年当時は労働保険料や障害者雇用納付金の納付期限の延長・猶予、各種助成金の申請期限が過ぎても後日理由を添えて申請できる措置、被災者向けの心の相談ダイヤル・健康相談ダイヤルの設置なども行われました。「収入」だけでなく「心身の健康」も、当時から支援の対象だったということです。

なお、今回(令和8年)の熊本地震について、同様の特例が発表されるかどうかは、この記事を書いている時点(2026年7月29日)ではまだ分かりません。過去の実績からすると、今後同様の措置が発表される可能性は高いと考えられますが、断定はできません。続報を必ず確認してください。


中小企業が今準備すべきこと(物理面)

支援制度があることは分かりました。ですが、制度に頼る前に、経営者としてやっておくべき備えがあります。

まず一つ目は、安否確認の方法を決めておくことです。災害時は電話がつながりにくくなります。LINEやチャットワークなど、複数の連絡手段をあらかじめ用意し、従業員全員に周知しておきましょう。

二つ目は、給与計算や雇用契約に関するデータのバックアップです。従業員に休業手当や給付金を届けるにも、まず「誰が」「どんな条件で」雇われているかという記録がなければ、手続きそのものが始まりません。

三つ目は、当面の運転資金の見通しです。事業が止まっても、従業員への支払いは続きます。制度の助成が入るまでにはタイムラグがあることも、あらかじめ知っておいてください。

四つ目は、就業規則や給与規程など、雇用関係の書類の保管場所です。紙で自社にしか保管していなければ、オフィスが被災した瞬間、確認する手段そのものを失います。この点は、以前の記事でお伝えした「データのクラウド管理」とも直結する話です。


中小企業が今準備すべきこと(言葉の書き方・伝え方)

物理的な備えと同じくらい、実は「何をどう伝えるか」という準備も重要です。

災害直後は、経営者自身も混乱しています。それでも従業員は、社長の一言一句を、普段以上に注意深く受け取っています。「大丈夫だ」と言われれば安心しますし、「分からない」を繰り返されれば、不安はどんどん膨らみます。

大事なのは、すべての答えを持っていなくてもいい、ということです。「今は分からないことも多いが、必ず情報を共有する」「一緒に考えていく」という姿勢を、できるだけ早く、できるだけ具体的な言葉で伝えてください。沈黙が一番、従業員を不安にさせます。

伝える手段も、事前に決めておきましょう。全員が同じ情報を、同じタイミングで受け取れる仕組み(グループチャット、メール一斉配信など)を用意しておけば、噂や憶測が広がるのを防げます。


やってはいけないこと

物理面では、安否確認の手段を一つしか用意しないこと。電話しか手段がなければ、災害時にはほぼ機能しません。

言葉の面では、根拠のない安心材料を口にすることです。「絶対に大丈夫」「クビになることはない」と、確約できないことを軽々しく約束するのはやめてください。後で覆ったときの信頼の失墜は、何も言わなかったとき以上に大きくなります。

そして、経営者が一人で抱え込み、従業員への説明を先延ばしにすることも避けてください。情報がない状態が長く続くほど、従業員の不安は募っていきます。

もう一つ。従業員の不安を「気にしすぎ」「大げさ」と切り捨てることも、絶対にやめてください。災害時、人が不安になるのは当然のことです。その不安を否定された従業員は、二度と本音を経営者に話さなくなります。


社長の一言が、従業員の希望になる

たとえ今すぐ仕事を用意できなくても、社長の一言で、従業員は希望を持てます。希望があれば、人は前を向いて動けます。逆に、希望が見えないとき、人は追い詰められていきます。

2016年の熊本地震のときには、被災者向けの「心の相談ダイヤル」が国によって設置されました。それだけ、災害後のメンタルヘルスは軽視できない問題だということです。従業員に希望を届けることは、経営者にしかできない、大切な役目だと私は思います。

とはいえ、社長も人間です。落ち込むこともあれば、何をどう伝えればいいか分からなくなることもあります。そんなときは、一人で抱え込まないでください。顧問税理士、顧問社労士、あるいは経営者仲間。誰でも構いません。辛いときは「辛い」と、周りに言っていいんです。励まし合える相手がいることは、決して弱さではありません。


よくある質問

Q. 雇用調整助成金の特例は、今回もすぐに使えますか?

A. この記事を書いている時点(2026年7月29日、地震発生の翌日)では、令和8年の今回の地震について、特例措置はまだ発表されていません。2016年のときは、地震発生から1週間ほどで要件緩和が、3週間ほどで助成率引き上げが公表されました。厚生労働省や熊本労働局の発表を、こまめに確認してください。姫路など被災地以外の企業であっても、取引先の被災によって事業が縮小した場合は対象になり得ますので、「自社は直接被災していないから関係ない」と思い込まないことも大切です。

Q. 従業員に何を伝えればいいか分からないときは、どうすればいいですか?

A. 完璧な答えを用意する必要はありません。「今分かっていること」「まだ分からないこと」「次にいつ共有するか」の3つを、正直に伝えるだけで十分です。伝え方に迷ったときは、顧問社労士など専門家に一緒に考えてもらうのも一つの手です。


まとめ

災害で従業員が働けなくなったとき、経営者に問われるのは、制度を知っているかどうかだけではありません。従業員にどう向き合い、どう言葉をかけるか。それこそが、会社が災害を乗り越えられるかどうかを分けます。

安否確認の方法は決まっていますか。給与データのバックアップはありますか。そして何より、いざというときに従業員へかける言葉を、考えたことはありますか。

「これって違法?」「トラブルになる前に相談したい」——そのタイミングが一番大事です。
姫路の中小企業の現場を知る社労士が、一緒に整理します。