姫路の特定社会保険労務士が解説、固定残業代・通勤手当のよくある違法設計と本当のリスク

姫路の特定社会保険労務士が解説、固定残業代・通勤手当のよくある違法設計と本当のリスク

「固定残業代(みなし残業代)を導入している」という会社は多いはずです。ただし、その設計を間違えると、何年分もの残業代を遡って支払う義務が発生することがあります。実際にご相談を受けた企業の事例(内容は特定できないよう加工しています)をもとに、よくある違法設計のパターンと、根拠となる法律・通達を整理します。

目次

  1. 固定残業代は違法ではない、ただし設計を間違えると一発アウト
  2. 有効要件①:基本給と固定残業代を明確に分ける「判別性」
  3. 有効要件②:固定残業代を超えた分は追加で支払う「精算義務」
  4. 実際にあった「時間換算すら成立しない」設計ミス
  5. 通勤手当を「旅費交通費」として現金支給しても社会保険料は逃れられない
  6. なぜこうした設計ミスは何年も放置されやすいのか

固定残業代は違法ではない、ただし設計を間違えると一発アウト

まず前提として、固定残業代(みなし残業代)という制度自体は違法ではありません。最高裁判所も、医療法人社団康心会事件(平成29年7月7日判決)で、固定残業代制度そのものは否定していません。

ただし、設計や運用を誤ると、これまで固定残業代として支払ってきたはずのお金が「残業代として支払ったことにならない」と判断され、該当期間分の残業代をあらためて支払う義務が生じます。制度があること自体が救いにはならず、正しく設計されているかどうかがすべてです。

中小企業でこの制度を導入している会社は少なくありません。人件費の見通しを立てやすい、給与計算がシンプルになる、といった理由で選ばれることが多いのですが、その分「導入した時のまま何年も見直していない」というケースも多く見られます。


有効要件①:基本給と固定残業代を明確に分ける「判別性」

固定残業代が有効と認められるための1つ目の要件は「判別性」です。通常の労働時間の賃金にあたる部分と、割増賃金にあたる部分を、金額として明確に区分できる必要があります。

例えば「基本給30万円(固定残業代を含む)」という記載は、内訳が分からず無効と判断されるリスクが高い書き方です。「基本給27万円、固定残業代3万円(〇時間分)」というように、金額と時間数の両方を明示する必要があります。

厚生労働省・都道府県労働局・ハローワークの指針でも、固定残業代制を採用する場合は、募集要項や求人票に①基本給(固定残業代を除いた額)②固定残業代(時間外労働の有無にかかわらず何時間分の手当として支給するか)③その時間を超えた時間外労働分は追加で割増賃金を支給すること、の3点すべてを明示するよう求めています。


有効要件②:固定残業代を超えた分は追加で支払う「精算義務」

2つ目の要件は「対価性」、そして実務上とりわけ重要なのが精算義務です。固定残業代は「何時間分の残業代を含んでいるか」を決めた上で運用しますが、実際の残業時間がその時間数を超えた場合、超過分は別途支払わなければなりません。

「固定残業代を払っているから、それ以上は払わなくていい」という理解のまま運用している場合、実態としての残業時間と、固定残業代が想定する時間数にどれだけ差があるかを、一度確認しておく必要があります。

特に注意したいのは、固定残業代の金額を「多めに設定しておけば安心」と考えてしまうケースです。想定時間数が実労働時間として現実的な範囲を超えている場合、そもそも制度として成立しているのか自体が疑わしくなります。


実際にあった「時間換算すら成立しない」設計ミス

以前ご相談を受けた、ある企業グループ(従業員数百名規模)での例です。もともとは補助金に関するご相談でしたが、資料を確認していく中で、労務面の課題が次々と見つかりました。

この会社では、月5万円程度で済むはずの固定残業代が10数万円という高額な設定になっていました。時間数に換算すると200時間分に相当する水準で、そもそも1ヶ月の実労働時間として成立しない金額だったのです。しかも従業員によって実際の残業時間はバラバラで、雇用契約書に金額・時間数の記載もありませんでした。

仮に固定残業代の設計が無効と判断された場合、実際の残業時間分の割増賃金を、時効の範囲内(現在は3年)で遡って支払う必要が出てきます。この会社のケースでは、試算上、3年分で数千万円規模のリスクに相当していました。この会社には公認会計士も税理士も顧問についていましたが、労務の専門家である社会保険労務士は入っていませんでした。「大丈夫」という一言だけで済まされ、条文や通達に基づいた確認はされていなかったのです。


通勤手当を「旅費交通費」として現金支給しても社会保険料は逃れられない

同じ会社でもう一つ見つかったのが、通勤手当の処理方法です。通勤手当という名目にせず、従業員が立て替えたガソリン代などのレシートをもとに「旅費交通費」として現金精算する形にすることで、社会保険料の算定対象から外そうとしていました。

これは日本年金機構の取り扱いに反します。通勤手当は、現金支給・現物支給を問わず、経常的に支払われるものであれば「報酬」に該当し、標準報酬月額の算定対象になります。所得税の非課税限度額の範囲内かどうかも関係ありません。名目を変えて「交通費の実費精算」という体裁にしても、実態が通勤のための経常的な支給であれば、社会保険上は通勤手当として扱われます。

この会社のケースでは、会社負担分だけで年間数百万円規模、従業員負担分も含めて遡及した場合はその倍近い金額が、未納の社会保険料リスクとして試算されました。


なぜこうした設計ミスは何年も放置されやすいのか

今回のケースに共通するのは、税理士や公認会計士など他の専門家が既についていたという点です。専門家がいるという安心感から、労務まわりの制度は「一度作ったらそのまま」になりがちです。

税務・会計と労務は、法律の根拠も監督官庁も異なる別々の専門領域です。顧問税理士や会計士が労務の細部まで踏み込んで確認することは、業務範囲としてそもそも想定されていません。「専門家がついているから大丈夫」という思い込みが、かえって発見を遅らせてしまうことがあります。

また、固定残業代も通勤手当の処理も、日々の給与計算は問題なく回ってしまうため、指摘されるまで気づく機会自体がありません。労働基準監督署の調査や、退職者からの申告といった外部からのきっかけがない限り、何年も同じ運用が続いてしまうのが実情です。

よくある質問

Q. 固定残業代を導入している会社は、どこを確認すればよいですか?

A. まず雇用契約書や給与明細で、基本給と固定残業代が金額・時間数ともに明記されているかを確認してください。その上で、実際の残業時間の実績と、固定残業代が想定する時間数にどれだけ差があるかを確認し、超過分が別途支払われているかをチェックすることが基本です。

Q. 顧問税理士や会計士がいれば、労務面も安心できますか?

A. 税務・会計の専門家と労務の専門家は専門領域が異なります。今回の事例のように、顧問の会計士がいても労務のリスクが見過ごされていたケースは実際にあります。給与計算や労務管理に関する法的な確認は、社会保険労務士など労務の専門家に別途相談することをおすすめします。

まとめ

固定残業代も通勤手当も、正しく設計・運用すれば何も問題はありません。ですが「なんとなくこうしている」という運用のまま放置すると、何年分もの未払い分として一気に表面化するリスクを抱え続けることになります。

見つからなければ問題にならない、というものではありません。自社の固定残業代・通勤手当の設計に不安がある方は、ぜひ当社にご相談ください。

出典:厚生労働省・都道府県労働局・ハローワーク「固定残業代制の明示について」/最高裁判所判例(日本ケミカル事件・平成30年7月19日、医療法人社団康心会事件・平成29年7月7日)/日本年金機構「標準報酬月額の対象となる報酬」

筆者プロフィール

泉 正道(いずみまさみち)|特定社会保険労務士/採用定着士/生成AIアドバイザー

姫路を拠点に中小企業延べ150社以上へ伴走。採用・定着・労務の相談累計3,000件超(2026年6月現在)。北は福島、南は佐賀まで顧問先があり、全国オンライン対応。

「採用より定着が先」——これが口癖であり、信念。耳が痛くても言い続ける。親に与えてもらった環境や収入を「全て自分の力」と誤解する2代目社長に説教して解約された経験あり。それでも伝え続けるのが私の役目。

支援の軸は制度(ハード)と対話(ソフト)の両輪。就業規則や評価制度を整えるだけでも、研修や面談を繰り返すだけでも、人の問題は解決しない。両方が噛み合って初めて、人が辞めない組織が動き出す。伴走とダメ出しができる社労士。

生成AI支援では「研修を受けた企業の9割が1ヶ月後に何もしていない」という現実に向き合い、経営者のPCを直接触り、当日に課題を解決する「実装型」の伴走を展開。商工会・商工会議所・大手生命保険会社でのセミナー講師としても精力的に活動中。