建設国保に傷病手当金はない。それでも休職者を支え続ける社長を、姫路の採用定着士が肯定する理由

建設国保に傷病手当金はない。それでも休職者を支え続ける社長を、姫路の採用定着士が肯定する理由

先日、住宅建設業を営むある社長からこんな相談を受けました。休職しているスタッフへの対応について、迷いながらも真剣に向き合っている様子が伝わってきました。

「適応障害で休職しているスタッフに、会社として給与の支援を続けている。いつまで続ければいいのか、正直わからない」

よくある相談です。専門家としての「正しい答え」なら、いくつも用意できます。制度上の義務はどこまでか。財務への影響はどう見積もるか。他のスタッフとの公平感はどう保つか。

だが、この社長の話をじっくり聞くうちに、私は「正しさ」の物差しをいったん脇に置くことにしました。彼の言葉の端々に、損得勘定だけでは説明できない、確かな信念があったからです。


目次

  1. 「普通はこうすべき」が、経営のすべてではない
  2. 建設国保には、傷病手当金がない
  3. 数字だけで経営者を測ってはいけない
  4. 肯定するからこそ、ハードの整備が要る
  5. よくある質問

「普通はこうすべき」が、経営のすべてではない

この社長は、こう言っていました。

「制度としてどこまでやるべきかは分かっています。でも、今は数字よりも、彼が自分の意思で次の一歩を踏み出せるようになるまで、支えたい」

一般的な経営指南であれば、「情に流されず、ルールで線引きすべきだ」と諭す場面かもしれません。だが私は、そうは思いませんでした。

経営者にとっての「正解」は、教科書の中にあるとは限りません。自分がどう生きたいか、どう経営したいかという信念に沿った選択こそが、その人にとっての正解であることがあります。彼はまさに、そういう決断をしようとしていました。

私たち社労士は、経営者に「一般的にはこうです」という助言をすることが多いです。もちろんそれは大切な役割です。だが、目の前の経営者が心から納得していない一般論を押しつけることに、何の意味があるでしょうか。私は、彼の話を聞きながら、専門家としての助言よりも先に、まず一人の経営者としての彼の覚悟を受け止めたいと思いました。


建設国保には、傷病手当金がない

この相談には、建設業ならではの構造的な事情も関係しています。今回のスタッフは、建設業の事業主・従業員を対象とした「建設国保」に加入していました。

協会けんぽであれば、病気やケガで働けなくなった際、一定期間は傷病手当金が支給されます。だが建設国保には、この傷病手当金にあたる給付制度がありません。つまり、休職中の収入を国が保証してくれる仕組みが、そもそも存在しないのです。

この事実を知らずに「なぜそこまで会社が負担するのか」と評価するのは、フェアではありません。この社長の手厚い支援は、単なる感情論ではなく、公的なセーフティネットが元々薄い業種において、誰かがその隙間を埋めなければならないという現実への向き合い方でもありました。


数字だけで経営者を測ってはいけない

今回のケースには、単純な労務トラブルではない複雑さがありました。休職の原因は適応障害ですが、職場でのハラスメントや人間関係のこじれといったネガティブな要因は一切ありません。むしろ、経営者自身のレベルの高さ、このスタッフ本人の責任感の強さ、そして持病を抱えていたことなど、いくつもの要素が絡み合った結果でした。

通常勤務時は月給30万円だったところ、休職中は会社が15万円を支給し続けています。社会保険料はこれまでの標準報酬をもとに控除されており、会社としての負担は決して小さくありません。それでもこの社長は「会社経営に影響が出るようなら、自分のポケットマネーから出してもいい」とまで言い切りました。

一般的な経営の物差しで測れば、これは明らかに「コスト」であり「リスク」です。だが私は、こういう場面で経営者を一律の尺度で測るべきではないと考えています。この社長が手がける住宅は、地域はもちろん業界でも屈指のクオリティで、他社には真似のできない領域にあります。業績も好調です。それは、彼が「お客様に最適な住宅を届ける」ことと「働く一人ひとりの幸せを最大限考慮する」ことの両方を、日頃から本気で貫いてきた結果でもあります。

理想が高く、言っていることとやっていることが一致しています。経営者としても、一人の人間としても尊敬できます。だからこそ私は、彼のこの選択を応援したいと思いました。


肯定するからこそ、ハードの整備が要る

ただし、「信念を支持する」ことと、「なんとなく続ける」ことはまったく違います。ここを混同すると、善意のつもりが、いつの間にか会社を追い詰める結果になりかねません。

私が大切にしているのは、ハード(制度・仕組み)とソフト(対話・信頼)の両輪で経営を支えるという考え方です。信念を貫くこと自体は尊いソフトの部分ですが、それだけでは長続きしません。

今回は、業績の状況や本人の体調を継続的に確認しながら、区切りとなる時期を設けて改めて話し合う予定にしています。具体的には、来年の年明け以降を一つの目安に、事実関係を確認した上で、専門家として社長にもう一度きちんと話をするつもりです。これは支援を打ち切るための線引きではなく、社長が納得しながら支援を続けられるようにするための仕組みだと考えています。ゴールが見えない支援は、支える側も支えられる側も、いずれ苦しくなります。


よくある質問

Q. 建設国保のように傷病手当金がない制度の場合、公的な支援は諦めるしかないのですか?

A. 諦める前に確認すべきことがいくつかあります。加入している建設国保組合によっては、傷病手当金に代わる独自の任意給付制度を設けているケースもあります。また、症状の程度によっては障害年金の対象となる可能性もゼロではありません。まずは本人と一緒に、使える制度がないかを一つずつ洗い出すことをおすすめします。

Q. 信念を優先すると、経営が不安定になりませんか?

A. 信念を貫くことと、無計画に支援を続けることは別の話です。支援の条件や見直しの時期を仕組みとして整えておけば、信念を貫きながらも経営の安定は両立できます。大切なのは「思い」と「仕組み」の両方を同時に持つことです。

Q. 業績が厳しい会社でも、同じように支援すべきですか?

A. 業績によって、支援できる範囲は当然変わってきます。会社が存続しなければ、他のスタッフを守ることもできなくなってしまいます。信念を大切にしつつも、会社全体の存続という前提を見失わないバランス感覚は、経営者に欠かせない視点です。無理をして共倒れになる支援では、本末転倒になってしまいます。


まとめ

休職スタッフへの支援を続けるかどうか、その判断に「絶対の正解」はありません。まして建設国保のように公的なセーフティネットが薄い業種では、会社の支援が担う役割はより大きくなります。だが、経営者自身が納得できる選択であるなら、その信念は尊重されるべきだと私は思います。

大切なのは、その信念を「思いつき」で終わらせず、区切りの時期や確認すべき事実を整理し、持続可能な形にしていくことです。信念(ソフト)と仕組み(ハード)、その両方が揃って初めて、経営者もスタッフも安心できる支援になります。

私たち社労士の仕事は、正論を押しつけることではありません。経営者一人ひとりの信念に耳を傾け、それを実現可能な形に整えていくことだと考えています。もし今、誰かの支援をどこまで続けるべきか迷っているなら、まずはその迷いの奥にある自分自身の信念を、じっくり言葉にしてみてください。自社の休職対応や支援のあり方に迷いを感じたら、ぜひ当社にご相談ください。

筆者プロフィール

泉 正道(いずみまさみち)|特定社会保険労務士/採用定着士/生成AIアドバイザー

姫路を拠点に中小企業延べ150社以上へ伴走。採用・定着・労務の相談累計3,000件超(2026年6月現在)。北は福島、南は佐賀まで顧問先があり、全国オンライン対応。

「採用より定着が先」——これが口癖であり、信念。耳が痛くても言い続ける。親に与えてもらった環境や収入を「全て自分の力」と誤解する2代目社長に説教して解約された経験あり。それでも伝え続けるのが私の役目。

支援の軸は制度(ハード)と対話(ソフト)の両輪。就業規則や評価制度を整えるだけでも、研修や面談を繰り返すだけでも、人の問題は解決しない。両方が噛み合って初めて、人が辞めない組織が動き出す。伴走とダメ出しができる社労士。

生成AI支援では「研修を受けた企業の9割が1ヶ月後に何もしていない」という現実に向き合い、経営者のPCを直接触り、当日に課題を解決する「実装型」の伴走を展開。商工会・商工会議所・大手生命保険会社でのセミナー講師としても精力的に活動中。