先日の記事で、2026年9月1日から労基署の36協定チェックが変わるという話をお伝えしました。「時間数の一致」だけでなく、「健康確保措置の実施状況」が重点的に見られるようになる、という内容です。
今回は、その先で実際に起こりうる話です。姫路のある企業で相談を受けた、「36協定はきちんと結んでいるのに、是正勧告を受けた」という事例をもとに、なぜこうしたことが起こるのかをお伝えします。
「協定を結んでいれば安心」という認識が、実は一番危ない。その理由を、順を追って見ていきましょう。
目次
目次
- よくある話——「協定はあるのに」是正勧告
- なぜ「協定を結んでいる」だけでは足りないのか
- 是正勧告が出るとどうなるか——対応フローと改善期限
- 姫路の中小企業が今すぐ点検すべき3つのポイント
- 是正勧告を受けた後、信頼を取り戻すために
- よくある質問
よくある話——「協定はあるのに」是正勧告
これを、姫路のある製造業の会社に置き換えて考えてみます。
- 申告者:現場の社員複数名から労基署へ相談
- 申出内容:「繁忙期の残業が多く、体調を崩す社員が出ているのに、会社は何もしてくれない」
- 共有断絶:36協定は毎年締結・届出しているが、内容は担当者と社労士のやり取りだけで完結し、現場には共有されていなかった
- 発生:労基署の定期監督が入り、特別条項の健康確保措置(医師の面接指導)について、実施記録の提出を求められる
- 拡大:記録が一件も存在せず、「協定書はあるが運用されていない」として是正勧告書が交付される
この会社の社長は、「協定はちゃんと出しているのに、なぜ指摘されるのか」と、最初は納得がいかない様子でした。しかし、話を聞いていくと、協定の中身を現場の誰も知らず、健康確保措置が一度も実施されていなかったことが分かりました。
さらに詳しく確認すると、繁忙期に特別条項の上限に近い残業をしていた社員が、複数名いたことも判明しました。本来であれば、この時点で医師の面接指導の対象になるはずでしたが、誰もそのことに気づいていなかったのです。人事担当者は「協定は社労士さんに任せているので、細かい中身までは把握していなかった」と話していました。
なぜ「協定を結んでいる」だけでは足りないのか
36協定の締結・届出は、あくまで「時間外労働を可能にするための手続き」にすぎません。協定書に書いた内容を、実際に守り、実行することとは、まったく別の話です。
姫路の中小企業では、36協定の締結・届出そのものを社労士に任せているケースが多くあります。これ自体は決して悪いことではありません。ただし、任せられるのは「入口」の手続きまでです。協定書に定めた健康確保措置を、実際に社内で運用する「出口」の部分は、会社側が主体的に担う必要があります。
今回の事例の会社も、「社労士に任せているから大丈夫」という認識のまま、協定の中身を現場と共有していませんでした。協定は結んで終わりではなく、結んでからが本番です。
こうした構造は、姫路の中小企業に限った話ではありません。専門家に手続きを任せられる部分と、社内でしか動かせない部分がある。この線引きを理解しないまま「専門家に任せているから安心」と考えてしまうと、今回のようなすれ違いが起こります。
是正勧告が出るとどうなるか——対応フローと改善期限
労基署の調査により36協定違反が認められた場合、企業には通常、是正勧告書が交付されます。違反の内容と、改善すべき期限が明記され、期限内に改善状況を報告することが求められます。
是正勧告そのものは、直ちに刑事罰につながるものではありません。ただし、指摘を放置したり、期限内に改善が確認できなかったりすると、より重い対応に発展する可能性があります。また、社内的にも「労基署から指摘を受けた会社」という事実は、従業員の会社への信頼に影響を与えます。
今回の事例の会社では、是正勧告を受けたあと、健康確保措置の運用体制を一から整備し、期限内に改善報告を行いました。幸い、大きなトラブルには発展しませんでしたが、社長は「もっと早く気づいていれば」と振り返っていました。
改善報告の作成には、思っていた以上に時間がかかったといいます。過去にさかのぼって残業時間を集計し直し、対象者を洗い出し、今後の運用ルールを文書化する。指摘を受けてから慌てて対応するよりも、日頃から仕組みを整えておく方が、結果的に負担は小さく済みます。
姫路の中小企業が今すぐ点検すべき3つのポイント
同じような落とし穴を避けるために、次の3点を点検してみてください。
- ①協定書に定めた健康確保措置の内容を、現場の管理者が把握しているか
- ②対象者が出た場合に、誰が措置を実施する担当者かが決まっているか
- ③実施した場合の記録(面接指導の実施日・内容など)を残す仕組みがあるか
この3点が曖昧なままだと、協定書自体は完璧でも、運用面での指摘を受けるリスクが残ります。特に③の記録は、「実施していたが、記録がないので証明できない」という事態を防ぐために欠かせません。
記録の方法は、難しく考える必要はありません。エクセルの管理表に、対象者の氏名、該当した月、実施した措置の内容、実施日を記録するだけでも十分です。大切なのは、特別なシステムを導入することではなく、「誰が見ても分かる形で残す」という習慣を、社内に根づかせることです。
是正勧告を受けた後、信頼を取り戻すために
今回の事例で印象的だったのは、是正勧告を受けたあとの社長の対応でした。改善報告をまとめるだけでなく、現場の社員に対して「気づかず申し訳なかった。これからは仕組みを整えて、きちんと運用する」と、直接伝えたそうです。
係争中の裁判例のように白黒がはっきりしない話ではありません。今回のケースは、社内の運用体制さえ整えれば十分に防げた、いわば「防げたはずのトラブル」です。だからこそ、他の会社にとっても、今日からできる備えがあります。
労務トラブルは、指摘を受けたこと自体よりも、その後の対応で会社への信頼が大きく左右されます。制度(ハード)を整えるだけでなく、現場との対話(ソフト)を重ねることで、信頼は少しずつ取り戻せます。今回の会社も、指摘を受けたことをきっかけに、以前より現場とのコミュニケーションが増えたといいます。
制度だけを整えても、現場が「また会社が形だけのルールを作った」と受け止めてしまえば、信頼は戻りません。逆に、対話だけを重ねても、仕組みが伴っていなければ同じ問題が繰り返されます。今回の会社が信頼を取り戻せたのは、記録の仕組みという「ハード」と、社員への直接の説明という「ソフト」の両方に、社長自身が向き合ったからだと感じています。
よくある質問
Q. 是正勧告を受けると、会社名が公表されますか?
A. 一般的な是正勧告の段階で、直ちに企業名が公表されるわけではありません。ただし、重大・悪質な違反が繰り返される、是正が見られないなど、一定の要件に該当する場合には、企業名が公表される制度もあります。指摘を受けた際は、早期かつ誠実に対応することが重要です。今回の事例のように、初めての指摘に対して速やかに改善報告を行った会社が、いきなり公表対象になるケースは通常考えにくいでしょう。
Q. 健康確保措置の実施記録は、どのくらいの期間保管すればいいですか?
A. 労働関係の記録は、法令上一定期間の保存が求められるものが多くあります。健康確保措置の実施記録についても、少なくとも数年単位で保管しておくことをおすすめします。保存期間や方法に迷う場合は、他の労務関係書類とあわせて確認しておくと安心です。
まとめ
36協定は、「結んで終わり」ではなく「結んでからが本番」です。協定書に書いた健康確保措置が、現場で実際に機能しているかどうかが、これからの労基署のチェックで問われます。
「協定はあるが守られていない」という状態は、姫路の中小企業でも決して他人事ではありません。専門家に任せられる部分と、社内でしか担えない部分を切り分けて、後者にきちんと向き合うことが、これからの労務管理には欠かせません。
「これって違法?」「トラブルになる前に相談したい」——そのタイミングが一番大事です。姫路の中小企業の現場を知る社労士が、一緒に整理します。

