「人手不足倒産」過去最多を更新——姫路の社労士が見た、賃上げしても人が辞める会社の共通点

「人手不足倒産」過去最多を更新——姫路の社労士が見た、賃上げしても人が辞める会社の共通点

2026年上半期(1〜6月)の「人手不足」を原因とする倒産は237件。東京商工リサーチの調査開始以来、最多を更新しました。うち、人件費高騰を理由とする倒産は120件と、前年から2.4倍に急増しています。帝国データバンクの調査でも、人手不足倒産は227件で過去最多。従業員10人未満の小規模企業が全体の8割近くを占めています。

「賃上げすれば人は残る」——多くの経営者がそう信じています。実際、賃上げに踏み切った中小企業の割合は年々増えています。しかし現場でよく見るのは、賃上げしたのに辞めていく会社です。今日は、姫路の中小企業の現場を支援してきた立場から、その共通点についてお話しします。


目次

  1. 賃上げは「不満」を止めるが「不安」は止めない
  2. 辞める人が最後に見ているのは、給与明細ではなく上司の顔
  3. 「従業員退職型」倒産という新しいリスク
  4. 制度(ハード)と対話(ソフト)、両方が要る理由
  5. よくある質問

賃上げは「不満」を止めるが「不安」は止めない

賃金は、心理学でいう「衛生要因」と呼ばれるものに近い性質を持っています。低ければ不満になりますが、上げたからといって、それだけでやる気や定着に直結するわけではありません。

賃上げしても辞めていく会社に共通しているのは、従業員が「この会社に、この先もいて大丈夫だろうか」という不安を抱えたままだということです。給料は上がった。でも、自分の成長の先が見えない。相談できる相手がいない。評価される基準がよくわからない。この状態では、いくら数字を積んでも人は残りません。

むしろ、賃上げによって「これだけ払っているのだから、もっと頑張れ」という空気が強まり、かえって従業員の負担感が増すケースもあります。賃上げは、あくまで入口の対策であって、ゴールではないという前提を、経営者自身が持つ必要があります。

実際、東京商工リサーチの分析でも、価格交渉力の弱い小規模企業ほど、賃上げ分を価格に転嫁できず、体力を削りながら人件費だけが増えていく構図が指摘されています。無理をして賃上げしても、その原資をどこから捻出するかが曖昧なままでは、経営そのものが先に疲弊してしまいます。


辞める人が最後に見ているのは、給与明細ではなく上司の顔

私が現場で相談を受ける中で、退職理由として本音で語られるのは、給与よりも「人間関係」「評価されている実感のなさ」がほとんどです。

  • 頑張っても、誰も気づいてくれない
  • 相談しても「まあ頑張って」で終わる
  • 上司が忙しそうで、話しかけるタイミングがない
  • 何を頑張れば評価されるのか、基準がわからない

こうした小さな積み重ねが、賃上げでは埋まらない「不安」を作ります。人手不足倒産のデータの裏側には、こうした「静かな離職理由」が積み重なっているはずです。退職届が出る前に、こうしたサインに気づけるかどうかが、経営者に問われています。

面談で本音を聞き出そうとしても、「特にありません」で終わってしまう経営者も多いのではないでしょうか。これは、日頃の関係性ができていないまま、面談という改まった場だけで本音を引き出そうとしていることが原因です。本音は、面談の場ではなく、雑談や日々の声かけの積み重ねの中でこそ出てきます。定期的な面談は、あくまで「聞く機会を作る」ための仕組みであって、それ自体が信頼関係を作るわけではありません。


「従業員退職型」倒産という新しいリスク

今回のデータで特に注目したいのが、「従業員退職型」と呼ばれる倒産です。主力社員が辞めたことがきっかけで事業継続が困難になり、そのまま倒産に至るケースを指します。このタイプの倒産は年々増加し、過去最多のペースで推移しています。老人福祉施設や美容室など、特定の技能や資格を持つ人材への依存度が高い業種で発生が目立つのも特徴です。

恐ろしいのは、こうした倒産の多くが「まさかこの人が辞めるとは思わなかった」という形で経営者を襲うことです。日頃から不満を口にしないタイプの従業員ほど、限界まで我慢を重ねた末に、ある日突然退職を切り出します。静かなタイプの従業員ほど、実は最も注意深く見ておくべき存在だと言えるかもしれません。

中小企業ほど、1人の離脱がそのまま経営リスクに直結します。営業のエースが辞めた、現場を仕切っていたベテランが辞めた——それだけで売上や生産体制が一気に崩れる会社は少なくありません。人手不足倒産は、大企業の話ではなく、まさに姫路のような地域の中小企業にとって現実的なリスクなのです。

業種別に見ると、サービス業や建設業、運輸業といった労働集約型の産業で特に目立っています。人の手が事業の生命線になっている業種ほど、1人の退職が売上に直結しやすい構造があります。こうした業種の経営者ほど、「うちは大丈夫」と思わず、早めに退職リスクの棚卸しをしておくべきです。

特定の従業員に業務が集中し、その人にしかできない状態(属人化)を放置している会社ほど、リスクは高まります。誰か一人が抜けても事業が止まらないよう、業務を仕組み化し、複数人で回せる体制を作ること自体が、有効なリスク対策になります。


制度(ハード)と対話(ソフト)、両方が要る理由

私はいつも「採用より定着が先」と言い続けています。そして定着には、制度(ハード)と対話(ソフト)の両輪が必要です。

評価制度や賃金テーブルといった仕組みを整えるだけでも、逆に面談や声かけを増やすだけでも、人は辞めていきます。仕組みで「頑張りが正しく報われる」ことを示し、対話で「あなたを見ている」ことを伝える。この両方が噛み合って、初めて人は「ここにいよう」と思えます。賃上げは、あくまでハードの一部でしかありません。

お金をかけずにできる対策から始めたい場合は、まず対話の頻度を仕組み化することをお勧めします。月1回、15分の面談を全従業員に対して行うだけでも、「見てもらえている」という実感は大きく変わります。特別なスキルも予算も必要ありません。

評価制度についても、複雑な仕組みを一から作る必要はありません。まずは「何を頑張れば評価されるのか」を3〜5項目程度、簡単な言葉で明文化するだけでも十分です。曖昧な評価基準のまま賃上げだけを続けると、「頑張っても頑張らなくても同じ」という空気が生まれ、優秀な人ほど先に見切りをつけてしまいます。


よくある質問

Q. 賃上げする余力がない会社は、何をすればいいですか?

A. まずは対話の頻度を見直してください。月1回の短い面談を仕組み化するだけでも、従業員の「見てもらえている感覚」は大きく変わります。お金をかけずにできる定着施策は、実はたくさんあります。評価制度の見直しも、賃上げより先に着手できる打ち手の一つです。

Q. 退職の兆候は、どうすれば早めに気づけますか?

A. 「最近、口数が減った」「有給休暇の取り方が変わった」「雑談に応じなくなった」といった小さな変化が、しばしば最初のサインです。日頃から声をかけている上司ほど、こうした変化に気づきやすくなります。仕組みとしての1on1を定期的に組み込むことをお勧めします。

Q. 属人化を解消するには、何から手をつければいいですか?

A. まずは「その人しかできない業務」を洗い出すことから始めてください。マニュアル化までいかなくても、手順をメモ程度に残すだけで、引き継ぎのハードルは大きく下がります。完璧なマニュアルを目指すと止まってしまうので、まずは6割の完成度で作り始めることをお勧めします。あわせて、日頃から他の従業員がその業務を少しでも手伝う機会を作っておくと、いざというときの引き継ぎがスムーズになります。


まとめ

人手不足倒産が過去最多という数字は、遠い誰かの話ではありません。賃上げしても人が辞める会社が増えている今、必要なのは「もっと払う」ことではなく、「なぜ不安なのか」に向き合う仕組みと対話です。1人の離脱が経営を揺るがす時代だからこそ、早めの備えが会社を守ります。数字を追うだけでなく、今いる従業員一人ひとりの表情や声のトーンに、もう一度目を向けてみてください。倒産という最悪の結末に至る前に、打てる手は必ずあります。

「また辞めた」「応募が来ない」——その悩み、仕組みで解決できます。姫路の中小企業の採用定着を、一緒に仕組み化しましょう。