生成AIで就業規則を作る可能性は大きい。でも、それだけでは足りない3つの理由|姫路の特定社労士が伝える、ひな形に入っていない会社独自のルール・固定残業手当・キャリアアップ助成金

生成AIで就業規則を作る可能性は大きい。でも、それだけでは足りない3つの理由|姫路の特定社労士が伝える、ひな形に入っていない会社独自のルール・固定残業手当・キャリアアップ助成金

先日、小売店を3店舗経営している、社員が20人ほどの会社の社長さんと、就業規則の見直しについて話をしていました。この社長さんは、最近、生成AIを仕事に取り入れ始めた方です。

「AIに厚生労働省のモデル就業規則を読み込ませて、うちの会社向けに作り直させれば、自分たちで作れますよね」と聞かれました。私の答えは、半分は「そのとおりです」でした。私は、生成AIで就業規則を作ることに、大きな可能性を感じています。条文の比較も、文案づくりも、AIは驚くほど速いからです。私もAIは日常的に使っています。

ただ、私自身、AIが出した就業規則の文案を納品前に読み直したところ、会社に有利なはずが社員に有利な意味になっている条文が見つかったことがあります。文言が一つ違うだけで、リスクの向きが変わる。これが就業規則の怖いところです。そして、文案が正しく仕上がったあとにも、会社に残るリスクがあります。

今日は、文案が正しく仕上がったあとに残るリスクについて、私の持論をお話しします。


目次

  1. 相談の概要
  2. 生成AIで就業規則を作る可能性は大きい
  3. 厚生労働省のひな形は、最低限しか書いていない
  4. 固定残業手当は、設計を間違える会社が非常に多い
  5. キャリアアップ助成金は、専門家にも難しい制度
  6. 社員への説明まで終えて、就業規則は機能する
  7. よくある質問
  8. まとめ

相談の概要

この会社の就業規則は、約15年前に作ったきり、一度も改定していませんでした。その後、育児・介護休業法の改正やハラスメント防止の義務化など、法改正が何度もありましたが、条文には手が入っていません。社員は正社員が約12人、パート社員が約8人です。

社長さんの考えは、こうでした。

  • 厚生労働省のモデル就業規則(令和7年12月版)を、無料で入手する
  • AIに、今の就業規則とモデルの違いを一覧にさせる
  • 法改正に合わせた文案も、AIに書かせる
  • 完成した案は、労働基準監督署に届け出る

筋が通っています。自社の就業規則を一度自分で読み、モデルと並べて眺めること自体に、大きな意味があります。就業規則は、作ったきり開かれていない会社が少なくありません。

そのうえで、私はこの社長さんにこうお伝えしました。生成AIで作る可能性は大きい。ただし、それだけでは、リスクが残ります。残るリスクは、大きく3つあります。

  1. 厚生労働省のモデルだけでは足りない、会社独自のルール
  2. 固定残業手当の設計
  3. キャリアアップ助成金の使い方

生成AIで就業規則を作る可能性は大きい

AIが得意な作業は、たとえば次のようなものです。

  1. 今の就業規則と厚生労働省のモデル就業規則を条文ごとに並べて、足りない条文を洗い出す
  2. 法改正の内容を条文の形にして、文案を書かせる
  3. 「会社」「当社」「弊社」のような用語の揺れを統一する
  4. 新旧対照表の下書きを作る

どれも、AIがとても速い作業です。条文の比較や文案づくりにAIを使うことに、私は大きな可能性を感じています。

ただ、返ってきた文案は、読んで確かめる必要があります。たとえば「会社は、必要に応じて社員に配置転換を命じることができる」と「会社は、本人の同意を得て配置転換を命じる」は、意味が正反対です。前者は、会社の判断で配置転換を命じられる条文です(ただし、勤務地や職種を限定する合意がある社員には命じられず、権利の濫用になる命令も無効です)。後者は、本人が断れば命じられない条文です。AIは、どちらの向きの条文も、自然な日本語で書いてきます。向きが逆になっていても、読む人が確かめなければ、気づけません。


厚生労働省のひな形は、最低限しか書いていない

厚生労働省のモデル就業規則は、解説の中で、モデルはあくまで例であり、就業規則の内容は事業場の実態に合わせなければならないと断っています。労働時間や賃金などは、各事業場で十分に検討してください、とも書いています。私は、このモデルを最低限の内容だと考えています。ここでいう最低限は、法律の最低基準という意味ではありません。会社の実態に合わせる前の、土台という意味です。

AIに「厚生労働省のモデルに合わせて作って」と頼めば、モデルに沿った就業規則はできあがります。ただ、それでは土台のままです。私が使っている就業規則のひな形は、このモデルよりも、かなり作り込んでいます。いろいろな場で学んだ内容を取り込んだ雛形です。

会社が決めておくべき大事なルールの多くは、法律で決まっていません。たとえば、次の4つです。

  1. 休職制度:モデルには第9条がありますが、傷病で休職できる期間は空欄です。復職できるかどうかを、誰がどうやって判断するのかも、休職の条文には書かれていません。モデルの注記にも、休職の定義や期間の制限、復職については、労働基準法に定めがないと書かれています
  2. 副業制度:モデルには第70条があり、副業を原則として認めたうえで、届出を求め、一定の場合に禁止や制限ができる形になっています。禁止や制限ができるのは、労務提供上の支障や企業秘密の漏えいなどの場合で、必要以上に制限しないよう注記されています。自社でどの場合を対象にするかは、会社が検討して決めます
  3. SNSの利用ルール:モデルに条文がありません
  4. 生成AIの管理規程:モデルに条文がありません

法律で決まっていない以上、決めるのは会社です。そして、決め方しだいで、社員とのトラブルや、情報漏えいのリスクが変わります。厚生労働省のひな形に沿ってAIに作らせれば、リスクが回避できると考えるのは、大きな間違いです。


固定残業手当は、設計を間違える会社が非常に多い

1つ目の会社独自のルールに続いて、2つ目は固定残業手当です。毎月一定の金額を、あらかじめ残業代として払う仕組みです。モデル就業規則には、この設計は書かれていません。AIに「固定残業手当の条文を作って」と頼めば、「固定残業手当は、時間外労働の対価として、月額○○円を支給する」という条文は返ってきます。月額を何円にするのか、それが何時間分に当たるのかを決めるのは、会社です。

私がこれまで見てきた会社では、固定残業手当の設計を間違えて、未払い残業代のリスクを抱えている会社が非常に多いです。条文を整えれば済む話ではありません。全然簡単ではないのです。

固定残業手当をめぐる最高裁判所の判例は、いくつもあります。国際自動車事件(最高裁第一小法廷 令和2年3月30日判決)は、医療法人社団康心会事件(最高裁第二小法廷 平成29年7月7日判決)などを引いて、割増賃金を払ったといえるかを判断する前提として、通常の労働時間の賃金に当たる部分と、割増賃金に当たる部分を、判別できることが必要だとしました。そのうえで、特定の手当で払ったと主張するなら、その手当が時間外労働などの対価として払われるものと定められていることも必要だとしました。

この条件を満たしても、手当の額が法律で計算した割増賃金に足りなければ、差額は別に払う必要があります。

では、条文に時間数を書かなくてもよいのか。書かなくても、時間外労働の対価と判断された例はあります。日本ケミカル事件(最高裁第一小法廷 平成30年7月19日判決)は、手当が時間外労働などの対価として支払われるものとされているかを、契約書の記載、会社の説明の内容、実際の労働時間などから判断するとしました。この事案では、契約書に「残業手当含む」、賃金規程に「時間外労働があったものとみなして」と書かれ、ほかの従業員との確認書には「30時間分」と明記されていました。手当を実際に計算すると約28時間分で、実際の残業時間とも大きくはかい離していませんでした。本人の契約書に時間数がなくても、時間外労働の対価と位置づけられていたと判断された事案です。会社の賃金体系の中の他の記載と、残業の実態が、その判断を支えました。時間数が書いてあれば、その手当が何時間分の残業代なのかを、会社が説明できます。だから私は、時間数を書いておくべきだと考えています。

基本給が24万円、1か月平均所定労働時間が160時間の社員なら、1時間の単価は1,500円です。割増率1.25を掛けて、残業1時間あたり1,875円になります。ほかに割増賃金の基礎に入る手当はなく、残業はすべて深夜や休日にかからない時間外労働である前提で計算します。

社長さんが「固定残業手当を月3万円にする」と決めたとします。3万円を1,875円で割ると、ちょうど16時間分です。条文にこの16時間と書いていなければ、3万円が何時間分なのかを、会社が説明できなくなります。毎月28時間の残業が続けば、28時間分は52,500円です。3万円との差額2万2,500円を精算していなければ、毎月の未払いになります。1年で27万円、3年で81万円。社員1人でも、この金額です。

さらに、3万円が割増賃金と認められなければ、話はもっと重くなります。3万円は通常の賃金として扱われ、割増賃金の計算の土台に入るので、1時間の単価が上がります。土台が27万円になり、残業1時間は約2,109円です。28時間分の約5万9,000円を、3万円とは別に、全額あらためて払うことになります。

給与明細の問題もあります。明細に「その他手当 30,000円」としか書いていなければ、それが残業代なのか、ほかの手当なのか、社員にも会社にも分かりません。明細には、「固定残業手当(16時間分)」と「超過分」を分けて書きます。条文、雇用契約書、給与明細の3つに同じ数字が書いてあれば、説明しやすくなります。超過分を毎月精算している会社は、残業代を払っていると説明できます。ただ、その精算が給与明細に残っていなければ、あとから証明するのが難しくなります。


キャリアアップ助成金は、専門家にも難しい制度

3つ目は、キャリアアップ助成金です。パートや契約社員を正社員にすると使える助成金で、厚生労働省の令和8年(2026年)4月8日の案内では、有期雇用から正社員に転換した場合、支給額は中小企業で1人あたり40万円です。雇入れから3年以上の有期雇用労働者などの「重点支援対象者」なら80万円で、転換後6か月ごとに40万円ずつ、2回に分けて支給されます。

パートを正社員にするだけでもらえると聞けば、多くの経営者は、簡単な制度だと感じます。私は、キャリアアップ助成金は、助成金の中で最も難しい制度だと考えています。特定社労士の私が取り組んでも、確認する点が多い制度です。

この助成金は、転換制度を就業規則などに規定し、事業所で周知していることが前提です。厚生労働省の支給要領は、その制度に次の3つが明示されているものに限ると定めています。

  1. 面接試験や筆記試験など、適切な手続き
  2. 勤続年数、人事評価の結果、所属長の推薦など、客観的に確認できる要件
  3. 転換を実施する時期

転換制度を、どう書けば通るのか、どの順番で転換すれば対象になるのかは、生成AIに聞いても分からないだろうと、私は思っています。面接にするのか筆記試験にするのか、勤続何年から受けられるのか、年に何回実施するのかは、AIではなく会社が決めることです。決めないままAIの案を載せて、実際には別のやり方で正社員にすると、規定と異なる手続きで転換したことになり、支給の対象外です。就業規則の施行日より前に正社員にした分も、同じく対象外です。先に転換して、あとから規則を整えても間に合いません。

賃金の条件もあります。転換後6か月の賃金は、転換前6か月と比べて、3%以上増えている必要があります。原則は、賃金を所定労働時間で割った、1時間あたりの賃金で比べます。所定労働時間が変わらず、転換前も後も月給の場合だけ、6か月間の賃金の総額で比べます。比べる賃金は、基本給と定額で支払う手当で、通勤手当のような実費の補填や、毎月変わる手当は含めません。転換後の賃金に含める定額の手当は、決め方と計算方法が就業規則などに書かれているものに限ります。固定残業手当も、原則は含めません。ただし、固定残業手当の金額や時間数を減らす場合は、固定残業手当を賃金に含めて比べても、含めずに比べても、3%以上増えていなければなりません。基本給だけを上げて手当を据え置くと、同じ手当でも何時間分の残業代かが減ります。これも「時間数を減らす場合」に当たります。

キャリアアップ計画は、転換を実施する日の前日までに提出します。賃金の条件も、計画の提出日も、会社が給与と日程を決めてからでないと、先へ進められません。そして、助成金の要件は、年度の途中でも変わることがあります。最新の支給要領を確認しながら進める作業は、専門家でも難しい仕事です。何の知識もない状態から、生成AIだけで申請まで進められるとは、私にはとても思えません。


社員への説明まで終えて、就業規則は機能する

私は会社の仕組みを、制度やルールというハードと、日々の対話や説明というソフトの両輪で考えています。就業規則はハードの代表です。AIで条文を整えても、社員に説明しなければ、ハードだけが新しくなって、現場は何も変わりません。

休職や副業、SNS、生成AIのルールも、固定残業手当も、正社員への転換も、社員の働き方や給料に直接かかわります。どれも、社員が「自分はどうなるのか」と気にする内容です。就業規則の周知は法律上の義務です(労働基準法第106条)。ただ、周知しただけでは、社員の理解は得られません。固定残業手当は、会社が社員にどう説明したかも、手当が残業代として認められるかの判断材料になります(日本ケミカル事件)。説明は、固定残業手当では、手当が残業代と認められるかにも関わります。会社と社員の信頼の面でも、欠かせない作業です。

制度というハードを整えたら、説明というソフトまで終えて、はじめて就業規則は機能します。固定残業手当なら、「この手当は月16時間分の残業代です。それを超えた分は、毎月別に払います」と、給与明細を見せながら本人に伝えます。新しく決めた休職や副業のルールなら、条文を配るだけでなく、なぜそう決めたのかを、社員に口頭で伝えます。


よくある質問

Q. 厚生労働省のモデル就業規則を、そのまま使ってはいけませんか?

A. そのまま使うことは、お勧めしません。モデルを土台にするのは、よい出発点です。ただし、モデル自身が、そのまま使うことを前提にしていません。内容は事業場の実態に合わせて十分に検討するよう、モデルの解説に書かれています。パート社員や有期の社員を雇っている場合について、モデルの解説は、各条項を適用してよいかを必ず検討して、必要なら別の就業規則を作るようにも求めています。パート社員を雇っている会社は、パート社員向けの就業規則があるかどうかも、確認してください。

Q. 生成AIで就業規則を作るのは、やめたほうがよいですか?

A. やめる必要はありません。条文の比較や文案づくりにAIを使うことに、私は大きな可能性を感じています。ただし、会社独自のルール、固定残業手当の設計、キャリアアップ助成金は、AIに任せても解決しません。AIが作った案は、人間が読んで、必要なら社会保険労務士に見てもらってください。


まとめ

AIは、就業規則づくりの強い味方です。ただし、AIに任せても解決しないことが、3つ残ります。

  1. 会社独自のルール:休職、副業、SNS、生成AIの規程は、会社が決めて書きます
  2. 固定残業手当:何時間分かを決めて、条文、雇用契約書、給与明細の3つに同じ数字を書きます
  3. キャリアアップ助成金:最新の支給要領を確認して、転換制度を就業規則に規定してから、正社員に転換します

そして、どれも、社員に説明するところまでが仕事です。AIで作った就業規則の案が手元にあるなら、この3つが案の中でどう書かれているか、確かめてみてください。書かれていなければ、そこが出発点です。

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