姫路の特定社労士が解説|「課長以上だから残業代は出さない」は労基署にも弁護士にも一切通用しない。企業の「管理職」と「労働基準法上の管理監督者」の明確な違い

姫路の特定社労士が解説|「課長以上だから残業代は出さない」は労基署にも弁護士にも一切通用しない。企業の「管理職」と「労働基準法上の管理監督者」の明確な違い

「課長には、残業代は出していません」

賃金台帳を一緒に眺めていたときのことです。相手はごく当たり前の顔で、そう言いました。むしろ「そんなことも聞くんですか」という空気すら流れていました。

私はその場で、電卓を叩きました。その課長が仮に月25時間残業しているとして、3年分。出てきた数字は、会社が想定していた金額とは桁が違いました。

「管理職だから残業代を払わない」という運用は、中小企業が抱える金銭リスクのなかで最も大きいものの一つです。しかも請求が来るのは、たいてい本人が辞めた後です。


目次

  1. 人事考課に響く課長は、法律上ただの社員かもしれない
  2. いちばん危ないのは「基本給の一部みたいな手当」
  3. 給料を増やさずに、リスクだけ下げる道はある
  4. 最初の一歩は「あの人、何時間残業していますか」に答えること
  5. よくある質問
  6. まとめ

人事考課に響く課長は、法律上ただの社員かもしれない

まず、実際にあった場面を、業種も規模も変えてご紹介します。従業員数十名の、地方の卸売業。創業から長い、ごく普通の会社です。

  • 営業課長のAさんには、毎月5万円の「残業手当」が定額で支給されている
  • その5万円が何時間分なのかは、契約書にも明細にも書かれていない
  • 実際の残業は、周囲の証言では月25時間前後
  • 5万円を超えた分の追加支給は、一度もない
  • 採用の可否を決める権限はなく、経営会議にも出ていない
  • 出退勤はタイムカードで管理され、遅刻・早退があれば人事考課に響く

会社としては「課長なんだから残業代はつかない」で完結しています。ですが法律は、役職名で判断しません。労働基準法41条2号にいう「監督若しくは管理の地位にある者」——いわゆる管理監督者に当たるかどうかは、実態で判断されます。

厚生労働省のリーフレット「労働基準法における管理監督者の範囲の適正化のために」では、判断の柱が大きく3つに整理されています。ひとつめは、職務内容・責任と権限。労務管理について経営者と一体的な立場にあり、採用や人事考課などの権限を実際に持っているか。ふたつめは、勤務態様。出退勤について厳格な管理を受けず、自分の裁量で働けるか。みっつめは、賃金等の待遇。その地位にふさわしい基本給・手当・賞与を受けているか。

この3つに、Aさんを当てはめてみてください。どれ一つとして、当てはまりそうにありません。この状態で「管理監督者だから残業代は不要」という整理が通る可能性は、かなり低いと言わざるを得ません。肩書きだけが管理職だった、ということになります。

ちなみに、仮に本物の管理監督者だったとしても、夜10時から翌朝5時までの深夜割増賃金と、年次有給休暇の権利はなくなりません。ここも誤解の多いところです。


いちばん危ないのは「基本給の一部みたいな手当」

私がその場でいちばん引っかかったのは、実は残業代の有無ではありませんでした。担当の方がこう言い添えたことです。

「これは残業手当という名前ですけど、実質は基本給の一部みたいなものです」

この一言が、なぜ危ないのか。固定残業代が有効と認められるためには、通常の労働時間の賃金にあたる部分と、割増賃金にあたる部分とが判別できることが必要です。最高裁も、繰り返しその点を確認してきました。

名前は残業手当。でも中身は基本給のようなもの。何時間分かは誰も知らない。この状態は、判別できるとは言いにくい。そして固定残業代として認められなかった場合、その5万円は「割増賃金を計算するための基礎」に組み込まれます。払っているつもりのお金が、残業代の単価を押し上げる側に回るわけです。

払っていないと言われるだけでも痛い。その上、単価まで上がる。二重に効いてくるのが、この論点のいやらしさです。

それに、時間数が決まっていないということは、働く側にとっても基準がないということです。5万円分はどこまで働けばいいのか。今月はもう超えているのか。誰も答えられない。そんな状態で「うちは残業代をちゃんと払っている」と言われても、本人の腹には落ちません。

これを制度の話だけで終わらせるのは、もったいない。時間数を明示するというのは、要するに「あなたにはこれくらいの働き方を想定しています」と会社の側から言葉にすることです。それは労務管理であると同時に、上司と部下の会話の材料でもあります。

給与明細の項目名も、あわせて見直したいところです。「その他手当」という一行に、固定残業代も超過分も、時には調整額も一緒くたに入っている会社は珍しくありません。固定残業手当と超過残業手当に分けるだけで、説明できる明細に一歩近づきます。


給料を増やさずに、リスクだけ下げる道はある

ここまで読んで、身構えた方もいると思います。「つまり、うちは人件費を増やせという話ですか」と。

違います。私はそういう話をしているのではありません。

中小企業の給与は、多くの場合、総額人件費という枠のなかで決まっています。社長の頭のなかに「この人にはこのくらい」という総額があり、その内訳を後から割り振っている。実務としては、ごく普通のことです。

だとすれば、出ていくお金の総額はそのままに、内訳の設計と見せ方を変えるだけで、リスクを大きく下げられる余地があります。基本給と固定残業手当の比率を組み替え、固定残業手当が何時間分なのかを明示し、超えた分は必ず精算する。この形に整えるだけで、数字の見え方は変わります。

ただし、ここには必ず手順が必要です。基本給を下げて手当に振り替える設計は、労働条件の不利益変更にあたる可能性があります。本人への説明と同意(何がどう不利になるのかを具体的な金額で示したうえで、書面に残す)、就業規則・賃金規程の改定、雇用契約書の巻き直し。この三点セットを飛ばして数字だけ動かすと、今度は別のトラブルの種を蒔くことになります。「説明したつもり」で得た同意は、後から覆ります。

急がなくていい。ただ、順番だけは間違えないでほしいのです。


最初の一歩は「あの人、何時間残業していますか」に答えること

制度をどう変えるか。就業規則をどう直すか。話はいくらでも大きくできます。でも私が最初にお願いするのは、いつも同じです。

課長職の方々が、月に何時間残業しているのか。その数字を出してください、と。

この質問に即答できる会社は、実はそう多くありません。「タイムカードを見れば分かります」と言われることもありますが、見れば分かるのと、把握しているのは違います。現状を数字で言えない状態のまま制度を触っても、それは設計ではなく当てずっぽうです。

労働安全衛生法66条の8の3では、管理監督者を含む労働者について(高度プロフェッショナル制度の適用者は除きます)、労働時間の状況を把握することが会社に義務づけられています。方法は、タイムカードやパソコンの使用時間の記録といった客観的な方法が原則です。「管理職だから労働時間は関係ない」という整理は、この点でも成り立ちません。

数字が出ると、議論の質が変わります。月25時間なら、5万円は足りているのか、足りていないのか。単価はいくらか。ここまで見えて、はじめて「どう直すか」の話ができます。逆に言えば、数字が出るまでは、私も具体的な提案をしません。できないからです。

この作業には、もうひとつ効き目があります。数字を出す過程で、たいてい、別のものが一緒に見えてきます。特定の課に残業が偏っている。特定の曜日だけ跳ね上がっている。ある人だけが毎日1時間遅くまで残っている。未払いのリスクを調べるつもりで始めた作業が、そのまま業務配分の点検になる。けっこうな副産物だと思っています。

逆に、数字を出さないまま「たぶん大丈夫でしょう」で通り過ぎてきた会社が、どこかのタイミングで痛い目に遭うのも、何度か見てきました。きっかけは、労働基準監督署の調査であることもあれば、辞めた社員からの内容証明であることもあります。共通しているのは、いずれも会社が選べるタイミングでは来ない、ということです。


よくある質問

Q. 課長本人が「残業代はいらない」と納得していれば問題ありませんか?

A. 残念ながら、本人の同意があっても解決しません。労働基準法は最低基準を定めた法律であり、これを下回る合意は、その部分について無効になります。「本人が納得している」は、在職中しか通用しない安心材料です。退職後に代理人が付いた途端、話が変わることは実際に起きています。

Q. 未払いの残業代は、どのくらいさかのぼって請求されますか?

A. 賃金請求権の消滅時効は、2020年4月施行の改正で原則5年に延長され、当分の間は3年とする経過措置が置かれています。つまり、いま現在は3年分がさかのぼりの目安です。月数万円の差でも、3年分・複数名となれば、金額は一気に膨らみます。ここが「気づいたときには手遅れ」になりやすい理由です。


まとめ

「課長には残業代を出していません」。この一言の裏側には、たいてい悪意はありません。あるのは、確かめる機会がないまま続いてきた時間だけです。

確認していただきたいのは、三つだけです。その課長は、採用と経営判断の権限を実際に持っているか。定額で払っている手当は、何時間分なのか説明できるか。そして、その人が月に何時間残業しているか、数字で言えるか。

三つとも答えられないなら、それは制度の問題ではなく、現状把握の問題です。直す順番は、把握してからで構いません。むしろ、その順番でなければ直せません。

最後にひとつだけ。私はいつも、ハード(制度・仕組み)とソフト(対話・関わり方)は両輪だと申し上げています。固定残業手当の時間数を明示するのはハードの仕事です。ただ、その時間数を課長本人に face to face で伝え、「いまの働き方をどう思っているか」を聴くのはソフトの仕事です。制度だけ直した会社は、たいてい半年後に同じ不満が別の形で戻ってきます。数字を整えることと、その数字を言葉にして渡すこと。両方でひとつです。

いきなり満点を目指す必要もありません。私がご一緒する会社でも、まずは70点の形をつくり、1年、2年かけて整えていくことのほうが多いのです。大事なのは、始めることです。

「これって違法?」「トラブルになる前に相談したい」——そのタイミングが一番大事です。
姫路の中小企業の現場を知る社労士が、一緒に整理します。