「彼氏さんとか、いるの?」
あるお客様のところで採用定着のご支援をしていたときの話です。社長がつい、面接の場で求職者にそう質問してしまったとおっしゃっていました。悪気は全くなかった。緊張でガチガチになっている応募者を、なんとかほぐしてあげたかった。それが社長の狙いでした。実際その場では、求職者の女性もクスッと笑っていたような気がした、と。
会社はその女性にぜひ来てほしいと思い、内定を出しました。その場では「前向きに検討します」という返事で、社長も手応えを感じていました。しかし数日後に届いたのは、内定辞退のメールでした。理由は書かれていません。
社長は「条件が合わなかったんでしょう」とおっしゃいました。ですがこの会社、応募そのものは来ているのに、内定辞退が続いています。
そしてその原因の一つに、面接官である社長のセクハラ発言があると私は思っています。
2026年10月1日から、求職者へのセクシュアルハラスメントを防ぐ措置が、すべての事業主に義務づけられます。従業員数の下限はありません。
法律も大事ですが、それ以上に大事なことがあります。今日はそれについて、私の持論を展開したいと思います。
目次
目次
- 一番やってはいけないのが「求職者にセクハラをしなければ大丈夫」という勘違い
- ハラスメントかどうか迷ったら、自分の家族に置き換える
- 「条件が合わなかった」で片づけるから、また辞退される
- 10月1日を待たずに、今すぐやるべきこと
- よくある質問
- まとめ
一番やってはいけないのが「求職者にセクハラをしなければ大丈夫」という勘違い
今回の改正は、報道の見出しだけを追うと「求職者へのセクハラが義務化の対象になった」と読めます。ここで対象を絞って理解すると、まず間違いなく失敗します。
まず、法律がどこまでを守っているのかを整理します。
- 求職者へのセクハラ:2026年10月1日から、事業主の措置義務になります(男女雇用機会均等法第13条)
- 社員へのパワハラ:すでに措置義務です(労働施策総合推進法第31条。中小企業も2022年4月1日から対象)
- 顧客や取引先から社員が受けるカスハラ:2026年10月1日から措置義務になります(同法第33条)
では、求職者へのパワハラはどうか。圧をかけて詰める、経歴を人格ごと否定する、いわゆる圧迫面接です。
法律上、これは措置義務の対象になりません。パワハラの防止措置を定めた第31条は「その雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう」と書かれていて、守っているのは自社の社員だけだからです。求職者は、まだ社員ではありません。
つまり法律だけを物差しにすると、面接で下品な質問をするのは10月から義務違反、でも人格を否定するのは対象外、という理屈が成り立ってしまいます。そんなわけがない、と思われたはずです。私も同じです。
申し上げたいのは、ここです。法律違反かどうかで、やるかやらないかを決めないでください。種類で線を引くから「これはセクハラじゃないからセーフ」という判断が出てきます。相手で線を引くから「求職者にはしないが社員にはする」「社員にはしないが協力会社の人にはする」が起こります。線を引いた瞬間に、その外側で必ず何かが起きます。
法律上の義務が始まるのは10月1日です。ですがモラルの問題としては、今この瞬間にやめるべきことです。この2つは、分けて考えてください。
ハラスメントかどうか迷ったら、自分の家族に置き換える
とはいえ、現場では迷います。これは言っていいのか、まずいのか。ハラスメント研修を受けたところで、覚えた定義を目の前の会話に当てはめる余裕はありませんし、迷っている数秒のあいだに面接は次の話題へ進みます。
私がいつもお伝えしている基準は、ひとつだけです。
自分の親、子ども、奥さんが、面接の場や働いている職場で言われて嫌なことは、全部ハラスメントだと思ってください。
冒頭の質問を、この基準に当てはめてみます。あなたの娘さんが就職の面接に行って、初対面の社長から「彼氏さんとか、いるの?」と聞かれた。帰ってきてそう話されたら、どう思われるでしょうか。私なら、その会社には行かせたくないと思います。
この基準の良いところは、条文を覚えなくていいことです。セクハラの定義も、パワハラの6類型も出てきません。目の前の相手を自分の家族に置き換えて、その一言を言われたらどう感じるかを想像するだけで、たいていのことは判断がつきます。求職者か社員か、セクハラかパワハラかを考える必要もありません。
そして、この言葉は社長だけが知っていても意味がありません。面接に出る幹部、応募者を案内する社員、懇親会に同席する若手。採用に関わる全員に、社長ご自身の言葉で伝えてください。「うちは、自分の家族が言われて嫌なことはしない。それだけ守ってくれ」。研修資料を配るより、この一言のほうがはるかに効きます。
悪気があってハラスメントをする人は、そう多くありません。冒頭の社長もそうです。だからこそ、善意のまま外さないための物差しが要ります。
「条件が合わなかった」で片づけるから、また辞退される
ここからが、経営に直結する話です。
冒頭の女性は辞退の理由を書きませんでしたが、これは珍しいことではなく、むしろ普通です。辞退する側に、本当の理由を伝える義理も得もありません。「あの質問が嫌でした」と書いて逆恨みされたら困る。だから黙って去ります。
残された会社は、理由が分からない。だから、当てはめやすい理由を持ってきます。給与だろう、通勤だろう、他社のほうが条件が良かったのだろう。どれも面接の中身を疑わずに済む理由ばかりで、しかも反証のしようがないので、そこで検討は止まります。「条件が合わなかった」で片づけた瞬間に、次も同じことが起きます。面接のやり方は何ひとつ変わらないからです。
厚生労働省が2024年1月に実施した調査があります。2020〜2022年度に卒業し、就職活動やインターンシップを経験した1,000名に聞いたところ、就職活動中にセクハラを受けたと答えた人が31.9%、インターンシップ中では30.1%でした。3人に1人です。一方、企業に取組を聞くと「特にない」が53.0%。半分以上の会社が何もしていません。
それでも会社側の実感が「うちでは起きていない」なのは、起きていないからではなく、届いていないからです。
そして、影響は採用だけでは終わりません。面接でそういう質問が出る会社は、社内でも同じ言葉が出ています。いま働いている人は、それを毎日見ています。社長が応募者に不用意なことを言う場面を見た社員が、この会社で長く働こうと思うでしょうか。応募者は去って終わりですが、社員は辞めるまでずっと、その空気の中にいます。
黙って去った人が、何もしないわけでもありません。口コミサイトに書きますし、SNSで友人にも伝えます。姫路のような地域では、同じ業界で働く人どうしがどこかでつながっていて、前職の同僚や取引先を一つ挟めば、たいてい誰かに行き当たります。「あそこの面接、ちょっと変やったで」。この一言が、次の応募者を減らします。
私は「採用より定着が先」と言い続けてきました。ですがモラルは、その手前にあります。モラルを守れない会社は、採用できないし、人も定着しない。行政から指導を受けるより先に、こちらのほうが確実に効いてきます。
10月1日を待たずに、今すぐやるべきこと
では、何から手をつけるか。4つあり、どれも今週中にできます。
1. 社長が、自分の言葉で幹部に伝える
まずはこれです。制度より先に、社長の口から言ってください。「うちは、自分の家族が言われて嫌なことはしない」。朝礼でも幹部会でも構いませんが、総務から回覧を出すのではなく、社長本人が自分の声で言い切ることに意味があります。社長が本気で言っていないルールを、現場が守ることはありません。
2. 聞かないことを、紙1枚にする
容姿、恋愛、結婚、出産の予定。この4つは雑談のつもりでも聞かないと決めて、紙に書いて採用に関わる全員に配ってください。頭の中にあるだけでは、緊張した場面で必ず出てきます。冒頭の社長が、まさにそうでした。
3. 面接室の外のルールを決めて、応募者にも見せる
事故が起きるのは、たいてい面接室の外です。面接中は誰でも身構えていますが、選考が進んで距離が縮まったころの連絡や内定後の懇親会では、その緊張がほどけたところで一線を越えます。個人のSNSアカウントから応募者に連絡しない、二人きりで飲食に行かない、懇親会は複数人で対応する。決めるのはこの程度で構いません。
大事なのは決めたあとで、採用ページや面接の案内メールに「当社はこういうルールで採用活動をしています」と書き、応募者からも見える状態にしてください。それ自体が、応募者の安心材料になります。
4. 応募者が「おかしい」と言える先をつくる
社内の相談窓口は社員向けなので、社員ではない応募者はたどり着けません。求人票や案内メールに、応募者が使える連絡先を書いてください。社外の機関に委託する形でも構いません。
最後に、法律とモラルの線を引いておきます。10月1日以降、法律上の義務にあたるのは2から4に含まれる部分です。厚生労働省の指針(令和8年厚生労働省告示第52号)は、方針の明確化と周知、相談体制の整備、発生後の対応、そしてプライバシー保護と不利益取扱いの禁止を文書に定めて知らせること、を求めています。1番は法律上の義務ではありませんが、順番として一番大事なのは、この1番です。紙を作っても、社長が本気でなければ現場は動きません。
よくある質問
Q. 面接で圧をかける、いわゆる圧迫面接は、パワハラとして法律違反になりますか
A. 法律とモラルを分けてお答えします。
まず法律上ですが、パワハラの防止措置義務は、求職者を対象にしていません。労働施策総合推進法第31条が守っているのは「その雇用する労働者」であって、まだ社員ではない応募者は入らないからです。ですから、圧迫面接をしたことがそのまま措置義務違反になるわけではありません。
ただし、免責されるという意味ではありません。程度がひどければ、民法上の不法行為として損害賠償を求められる可能性は残ります。そして何より、モラルの問題としては完全にアウトです。措置義務の対象かどうかで判断していると、必ずこういう抜け道を探すことになります。
Q. 10月1日までは、今のままでも問題ないですか
A. 法律上の義務が始まるのは10月1日ですから、9月中に何もしていないこと自体で、行政から指導を受けることはありません。
ですが、これはモラルの話です。面接で相手が嫌がることを言うのは、法律に書いてあるかどうかと関係なく、やってはいけないことです。そう考えるなら、10月1日という日付そのものに意味はありません。
「10月までは大丈夫」という発想が出てくるのは、法律違反かどうかを基準にしているからです。基準をモラルに置き換えれば、9月も10月も変わりません。
なお、措置を講じなかったこと自体に罰金や懲役はありません。助言・指導・勧告を受け、従わなければ会社名が公表される(均等法第36条)、報告をしない・嘘の報告をすれば20万円以下の過料(同法第39条)という流れです。ただ、採用の現場で先に効いてくるのは、行政処分より評判のほうです。
まとめ
今日お伝えしたかったことは、3つです。
- 法律は、求職者へのセクハラは守るが、求職者へのパワハラは守らない。だからこそ、法律違反かどうかで判断してはいけない
- 迷ったら、自分の親・子ども・奥さんが言われて嫌なことかどうかで決める。種類も相手も関係ない
- モラルを守れない会社は、採用できないし、人も定着しない
法律上の義務が始まるのは10月1日です。ですが、モラルに施行日はありません。この2つを一緒にして「10月までに整えればいい」と考えている限り、規程を直しても紙を配っても、応募者の受け取り方は変わりません。
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筆者プロフィール
泉 正道(Masamichi Izumi)|姫路の社会保険労務士
従業員100名以下の中小企業の伴走支援コンサルタント。C&Pいずみ社会保険労務士法人 代表。
採用定着士、特定社会保険労務士、生成AIアドバイザー。2026年9月現在、延べ100社以上の中小企業を支援。採用・定着・労務に関する相談は累計3,000件超(日々更新中)。
姫路を拠点に、中小企業の採用定着を「仕組み化(内製化)」する伴走支援を得意とする。
商工会、商工会議所、大手生命保険会社でのセミナー講師など、精力的に「事例」中心の情報発信をし続けている。
姫路の経営者様はもちろん、遠方の方もオンライン対応可能ですので、お気軽にご相談ください。

