福岡県議会で、正副議長のポストを巡る金銭のやり取りが疑惑として報じられ、副議長が辞職する事態にまで発展しました。証言によれば、こうした慣行は今回に限った話ではなく、長年にわたって続いてきた可能性があるとされています。だとすれば、なぜ今まで誰も止められなかったのか。私はそこが一番気になります。
私自身、福岡県の出身です。今回の一件がどう決着するのか、地元の話として他人事には思えません。同時に、社労士としてこの一件を見ていると、「おかしいと思いつつ、今さら変えられない」という状態が、規模の大小を問わずどんな組織にも起こり得ることを改めて感じます。
今日は、姫路の中小企業経営者に向けて、「就業規則や社内ルールを、いつ見直すべきか」というタイミングの話をお伝えします。
目次
目次
「今さら変えられない」が起きる構造
福岡県議会のケースでは、正副議長のポストを巡る慣行について「うわさは聞いていたが、自分から動く立場ではなかった」という県議が少なくなかったようです。誰か一人が声を上げれば変わったかもしれない。しかし、長年続いてきたことを一人で止めるのは、想像以上に勇気がいることです。
「今さら変えられない」は、悪意ではなく慣性から生まれます。誰も止めないまま時間が経つほど、変えるコストは雪だるま式に大きくなっていきます。
この構図は、就業規則が実態と合わなくなった中小企業でもよく見られます。最初にズレが生まれたときは小さな違和感だったはずなのに、誰も手をつけないまま数年が経つと、「今さら直したら、これまでの運用は何だったのかという話になる」と、余計に手をつけにくくなっていきます。放置すればするほど、変えることそのものが「過去の否定」のように感じられてしまうのです。
就業規則が”化石化”する会社の特徴
中小企業の就業規則を見せていただくと、10年以上前に作ったまま、一度も見直されていないケースによく出会います。多くの場合、設立時にひな形をそのまま使い、それ以降は誰も条文を開いていない、という状態です。共通する特徴は次の3つです。
- 創業当初の人数感覚のまま、条文が更新されていない
- 法改正(残業の上限規制、有期契約のルールなど)に対応できていない
- 「実態」と「規則に書いてあること」がズレていることを、経営者自身が把握していない
創業当初は数名だった会社が数十名規模になっても、就業規則の文言が当時のままということは珍しくありません。当時は口頭のやり取りで済んでいたことが、人数が増えた今では「規則に書いていないなら、やらなくていいですよね」という解釈のズレを生みます。法改正への未対応も同様で、経営者自身が「法律が変わったこと」に気づいていないケースが大半です。日々の業務に追われる中で、労務関連の法改正情報を継続的に追いかけるのは、専門家でなければ現実的に難しいのが実情です。
怖いのは、これらの会社の多くが「うちは特にトラブルもないから大丈夫」と思っていることです。トラブルが起きていないのではなく、まだ表面化していないだけ、というケースが実は多いのです。
見直すべき4つのタイミング
1. 人数が増えたとき
「言わなくても伝わる」規模から、「言葉にしないと伝わらない」規模に変わる境目です。10名、30名、50名といった節目で、暗黙のルールを一度棚卸ししてください。
2. 世代交代・役職者の交代があったとき
福岡県議会の一件も、まさに正副議長という「ポストの交代」の場面で問題が表面化しました。役職が変わるタイミングは、これまでの慣習を引き継ぐか、見直すかを判断する絶好の機会です。中小企業でも、二代目・三代目への事業承継の場面で、先代のやり方をそのまま踏襲するか、あらためて棚卸しするかで、その後の組織の透明性は大きく変わります。新しい代表が「前のやり方に従うのが礼儀」と考えて何も変えずにいると、疑問を感じていた社員の不満は静かに蓄積していきます。
3. 法改正があったとき
残業規制、同一労働同一賃金、育児介護休業法など、労務に関わる法改正は毎年のように行われています。「昔の規則のまま」が、気づかないうちに法令違反になっていることは珍しくありません。
4. トラブルの「予兆」を感じたとき
退職者が増えた、社員から不満の声が漏れ聞こえるようになった、有給休暇の消化について問い合わせが増えたなど、小さな予兆はトラブルの一歩手前にあるサインです。福岡県議会でも「うわさを聞いていた」段階で対応していれば、ここまでの事態には至らなかったかもしれません。予兆の段階で動けるかどうかが、被害の大きさを左右します。
「変える痛み」より「変えない痛み」の方が大きい
就業規則を見直すと言うと、「社員に説明するのが面倒」「今のままで揉めていないなら触らない方がいい」と考える経営者は多いです。その気持ちはよくわかります。
ですが、福岡県議会の一件が示しているのは、「今さら変えられない」まま放置した慣行は、いずれ外部の目にさらされたときに、変える痛み以上の大きな痛みを組織にもたらすということです。第三者調査、報道、信用の毀損。これらは、早い段階で小さく手を打っていれば避けられたはずのものです。
中小企業の場合、それは労働基準監督署の是正勧告であったり、退職者からの未払い残業代請求であったりします。規模は違っても、構図は同じです。
具体的な金額でイメージしてみましょう。リンクスタッフ事件(東京地裁 平成27年2月27日判決)では、人材紹介会社が固定残業代(みなし残業代)の制度を導入していたものの、実際には月45時間を超える残業や、時には月100時間を超える残業が発生していたにもかかわらず、超過分を支払っていなかったことが問題になりました。東京地方裁判所は、この固定残業代の合意自体を無効と判断し、未払い残業代約420万円に加えて、付加金約350万円、合計約770万円の支払いを命じました。「固定残業代を払っているから大丈夫」という思い込みが、そのまま制度の欠陥として認定された形です。
もう一つ、多くの経営者に知られているのが日本マクドナルド事件(東京地裁 2008年1月28日判決)です。店長職に残業代を支払わなかったいわゆる「名ばかり管理職」が争われたこのケースで、東京地方裁判所は、役職名だけでは労働基準法上の「管理監督者」とは認められないとして、企業に対し未払いの残業代等約755万円の支払いを命じました。「役職を与えているから残業代は不要」という古い慣行が、法的には通用しなかった代表例です。
いずれも、制度を見直すタイミングを逃し続けた結果、まとまった金額を一度に請求される事態になっています。金額や個別の事情は会社ごとに異なりますが、「今のままで揉めていないから大丈夫」という判断が、後になって数百万円単位の請求に変わり得ることは、知っておいて損はありません。
さらに厄介なのは、こうしたトラブルが一件表面化すると、「うちの会社も他のところは大丈夫なのか」と、社員側の目が一気に厳しくなることです。一つの綻びが、これまで見過ごされてきた他の慣行への疑いにまで飛び火する。福岡県議会の一件も、正副議長のポストの話にとどまらず、視察費など他の慣行にまで注目が広がっているのは、まさにこの流れだと感じます。
よくある質問
Q. 就業規則の見直しは、どのくらいの頻度で行うべきですか?
A. 目安として、法改正がなくても2〜3年に一度は棚卸しをおすすめします。あわせて、大きな法改正があった年や、人数・役職体制に変化があった年は、その都度見直すのが理想です。
Q. 見直しにはどのくらいの期間がかかりますか?
A. 会社の規模や現状の規則の状態にもよりますが、現状把握からヒアリング、条文の作成、周知までを含めると、1〜2ヶ月程度を見ておくと安心です。焦って一度に全部変えるより、優先度の高いところから段階的に整えていく方が、社内の反発も少なく進めやすい傾向があります。
Q. 社員に見直しを伝えると、不安がられそうで心配です。
A. 「何か問題が起きたから変えるのでは」と勘繰られることはあります。だからこそ、見直しの目的を先に伝えることが大切です。「今の会社の実態に合わせて、みんなが安心して働ける形に整えたい」という前向きな理由を最初にはっきり伝えれば、不安よりも納得感の方が上回ります。
まとめ:見直すなら「今」が一番早いタイミング
「今さら変えられない」という言葉は、裏を返せば「変えるなら今しかない」というサインでもあります。福岡県議会がこれからどう決着するのか、福岡出身の私としては見守り続けたいと思っていますが、姫路の経営者の皆さんには、他人事にせず、自社の就業規則を一度見直すきっかけにしていただければと思います。今日が、これまで一度も棚卸ししていなかった規則を見直す、一番早いタイミングです。
見直しは、一人で抱え込む必要はありません。今の実態を一番よく知っているのは経営者自身ですが、法律の要件を満たしているかどうかの判断は、専門家と一緒に進める方が確実で、結果的に近道になります。
福岡県議会の一件が今後どのような結論に至るにせよ、「変えられなかった年月」の分だけ、組織が背負うリスクは大きくなっていました。姫路の中小企業には、同じ轍を踏んでほしくないという思いで、今日はこのテーマを取り上げました。
「これって違法?」「トラブルになる前に相談したい」——そのタイミングが一番大事です。
姫路の中小企業の現場を知る社労士が、一緒に整理します。

