2026年9月27日、東海テレビが、34歳で脳梗塞を発症した愛知県一宮市の湯浅巧さん(37)を紹介しました。「最悪寝たきり」「一生車いす」と医師に告げられながら、発症から3年、会社に籍を残したままリハビリを続け、2027年10月の職場復帰を目指しているという内容です。Yahoo!ニュースには、500件を超えるコメントが寄せられています。
記事の見出しにある「制度の壁」は、40歳未満は介護保険が使えないという国の制度の話です。ですが、中小企業の社長が読むべきところは、別にあると私は考えています。大企業、上場企業ならともかく、一般的な中小会社で、休職者を3年も待てるでしょうか。
今日はそれについて、私の持論をお話しします。
目次
目次
- ニュースの概要
- 3年間の休職を待てる中小企業は、ほとんどない
- 休職期間は、勤続年数に応じて段階的に延ばすべき
- 休職の取消・復職・再休職のルールを決めていない会社が多い
- 休職中の社会保険料は、振込期限と未納のときの対応まで決めておく
- 障害年金という制度を会社から伝えてあげる
- 休職中の社員を守るには、就業規則の整備と声かけの両方が必要
- よくある質問
- まとめ
ニュースの概要
湯浅さんは、商社マンとして東京で働いていた34歳のとき、脳の中枢である「脳幹」の脳梗塞に襲われました。脳幹の脳梗塞は6割ほどが亡くなるといわれる危険なもので、湯浅さんも1か月ほど意識不明の状態が続きました。一命は取り留めたものの、体の両側に麻痺が残り、発症から半年でようやく一歩を踏み出せるようになりました。3年が経った今は靴を1人で履けるようになり、補助器具を付ければ車の運転もできますが、声がうまく出せないなどの後遺症は今も残っています。
記事によると、脳梗塞を発症する年齢の中央値は78歳で、40歳未満での発症はたった2%しかありません。医療保険でリハビリを受けられるのは原則として発症から180日までで、その後の受け皿になる介護保険は40歳以上でなければ使えません。34歳の湯浅さんは対象外で、2年以上通っている民間のリハビリは全額自己負担です。障害年金を受給していますが、週2回リハビリに通うだけで、1か月分の年金が消えてしまうといいます。
そんな中でも、湯浅さんは休職中の会社を訪ね、2か月ぶりに上司に近況を報告しています。上司は「前向きな気持ちや考え方は、前と今ではそこまで変わらない」と話し、湯浅さんは復職に向けて、週3回パソコンのタイピングなどの訓練を続けています。
3年間の休職を待てる中小企業は、ほとんどない
まず、発症から3年、籍を残して待っている会社は立派です。湯浅さんにとって、戻る場所があることは、リハビリを続ける大きな支えになっているはずです。
そのうえで、率直に言います。この会社と同じ事ができる中小企業は、ほとんど無いのではないかと、私は感じます。お金の面だけを見れば、休職中は賃金が発生しないので、会社の負担は社会保険料だけです。難しいのはお金ではありません。従業員20人の会社で営業が1人抜けたまま3年間、その穴を誰がどう埋めるのか。次の人を採用するのか、しないのか。本人が戻ってくるのか、戻ってこないのか分からないまま待ち続けるのは、簡単ではありません。
ここで、法律の話を整理しておきます。休職制度は、法律で会社に義務付けられている制度ではありません。何か月休めるのか、休職期間が終わっても治らなかったらどうなるのかは、まず会社が就業規則で決めたルールが基準になります。休職期間の満了で退職とする場合も、元の仕事以外に就ける業務がなかったかなどが問われますが、ルールそのものがなければ話が始まりません。つまり、社員が倒れたときに会社がどこまで待てるかは、元気なうちに就業規則に書いたことで決まるのです。
休職期間は、勤続年数に応じて段階的に延ばすべき
では、休職期間はどう決めればいいのか。私がお勧めしているのは、勤続年数に応じて、2か月、3か月、4か月・・・と段階的に延ばしていく方法です。長く働いてくれた社員ほど、長く待つ。会社への貢献に応じて待つ期間が変わるので、他の社員から見ても納得がいきます。
よくないのは、勤続年数に関係なく「休職期間は一律6か月」「一律1年」と決めている就業規則です。これだと、入社して3日の新入社員が、業務外の病気やケガで入院した、あるいは精神疾患になったというときにも、規定どおり6か月や1年の休職を与えることになります。果たしてそれは、中小企業が望むべき状態でしょうか。
反対に、休職期間をむやみに短く(2週間とか)することも、中小企業を支援する立場としては、私はお勧めできません。2週間程度で復帰できる症状であれば、そもそも休職する必要はないからです。休職制度は、すぐには治らない病気やケガの回復を待つための制度です。2週間しか待たないのでは、制度を設ける意味がありません。
どれくらいの期間が適正かについては、できれば専門家の意見を聞きながら「会社として本当に待てる長さ」で決めてください。一度ルールを決めると、それがずっと適用されることになるためです。
なお、すでに「一律6か月」などと決めている会社が期間を短くしたり、再休職の通算のルールを新しく加えたりする場合は、社員にとって不利益な変更になります(労働契約法第9条・第10条)。変更の必要性を社員に説明し、経過措置を設けるなど、手順を踏んで進めてください。
休職の取消・復職・再休職のルールを決めていない会社が多い
休職期間の長さ以上に、多くの会社が決めていないのが、休職の「終わり方」のルールです。就業規則の休職の条文が「業務外の傷病により欠勤が1か月を超えたときは休職とする」の1行だけ、という会社は珍しくありません。
たとえば、次のような場面で、会社がどうするかを決めていますか。
- 休職中に回復したので、予定より早く休職を取り消して職場に戻したい
- 本人は「もう働ける」と言っているが、本当に元の仕事に戻れる状態なのかを確かめたい
- 一度復職したものの、数週間でまた同じ病気で休み始めた
特に3つ目は、決めていないと大きな問題になります。復職と休職を繰り返すたびに休職期間が1からリセットされると、実質的には何年でも休めることになってしまうからです。同じ病気や関連する病気で再び休職するときは、前の休職期間と通算します。復職を認めるときは、主治医の意見書を出してもらい、会社が指定する医師の意見も聞いたうえで、会社が判断します。この2つは、必ず就業規則に書いておいてください。
休職中の社会保険料は、振込期限と未納のときの対応まで決めておく
休職中は賃金が出ませんが、社会保険の資格はそのまま続くので、会社負担分だけでなく本人負担分の社会保険料も毎月かかります。普段は給与から引いていますが、休職中は引く給与がありません。そこで、会社がいったん立て替えて後でまとめて返してもらうのか、本人に毎月振り込んでもらうのかを、休職が始まる前に決めておく必要があります。
毎月振り込んでもらうなら、振込期限を必ず決めてください。そして、期限までに振り込まれなかったらどうなるのかも、あわせて決めておくことが重要です。実際に、ある顧問先では、休職中に社会保険料を数か月、振り込んでこない社員がいました。確認の電話やメールを送っても返信なし。振込期限も、振り込まれなかったときの対応も決めていなければ、「いつまでに払ってください」と会社が言う根拠が弱くなり、督促が進みません。
私がお勧めしている流れは、次のとおりです。
- 振込期限を過ぎたら、書面や電話で督促する
- それでも振り込まれなかった分は、復職後の給与から控除する
- 控除するときは、1か月あたりの上限額を決めて、本人と話し合って分割する
2つ目には、注意点があります。健康保険法第167条と厚生年金保険法第84条で、給与から控除してよいとされているのは「前月分」の保険料です。休職中の何か月分もの保険料を復職後の給与からまとめて控除すると、この「前月分」を超えてしまいます。労働基準法第24条では、賃金は全額を払うのが原則で、法律で認められたもの以外を給与から引くには労使協定が必要です。休職中の保険料を控除の対象として労使協定に入れ、あわせて就業規則か本人との書面の合意で、復職後の給与から控除することを決めておいてください。
3つ目は、法律というより、社員の生活の問題です。1年分の保険料を1回の給与からまとめて引いたら、給与がほとんど残りません。復職したばかりの社員が、最初の給料日に明細を見て愕然とする。それでは、せっかく戻ってきた職場で気持ちよく働けません。たとえば1か月あたり最高でも5万円までと上限を決め、生活に支障が出ないように、本人と話し合って返してもらってください。
障害年金という制度を会社から伝えてあげる
休職中のお金の支えとして、傷病手当金は知っている人が多いと思います。業務外の病気やケガで働けないときに、健康保険から給与のおよそ3分の2が、支給開始日から通算して1年6か月まで受け取れる制度です。ですが、意外と知られていないのが障害年金です。
障害年金を知らない、あるいは知っていても自分が対象になるとは気づいていない人は、驚くほど多くいます。顧問先からの相談でも、そういう人は結構いました。障害者手帳を持っているのに、障害年金を何十年も請求していなかった人もいます。障害者手帳と障害年金は別の制度なので、手帳を持っているだけでは年金はもらえません。
実は、私の兄も重い病気にかかったとき、障害年金という制度をまったく知りませんでした。私が兄にそれを伝えたら、「そういう制度があるなら、可能性があるなら使ってみたい」という回答だったので、兄の代わりに障害年金の専門家に相談しました。
結局、兄は年金の対象にはならないことが分かったのですが、そのとき、そもそも制度自体を知らない人はたくさんいるのだと実感しました。
病院によっては、医療ソーシャルワーカーという相談員が障害年金を案内してくれることもあります。ですが、兄は医療ソーシャルワーカーに出会わなかったのか、案内を受けていません。あるいは案内を受けていたのかもしれませんが、治療の説明だけでも山ほどあり、体調も悪い中で、しっかり聞けていなかったのかもしれません。病院が悪いわけではありません。案内があったとしても、当事者には伝わっていない可能性があるのです。治療とリハビリで精一杯の人が、年金のことまで自分で思い出せるはずがありません。
だからこそ、休職が始まったタイミングで、会社が「こういう国の制度があるよ」と教えてあげてほしいのです。障害年金は、原則として初診日から1年6か月を過ぎた日(障害認定日)の状態で、障害の程度を判断します。ただし、湯浅さんのような脳血管障害の場合は、初診日から6か月を過ぎた日以降に、医学的にそれ以上の機能回復がほとんど望めないと認められれば、1年6か月を待たずに請求できることがあります。
障害年金は、年金事務所でも無料で相談できます。ただ、私の実体験からすると、最初の相談先は障害年金専門の社労士をお勧めします。ネットで「地域名 障害年金 社労士」と検索すれば、専門家が見つかります。自分の地域に近いところで検索をして見つけて相談。ほとんどの場合、相談料は無料で、報酬も成功報酬で、実際に国から障害年金が出たら、その2か月分とか3か月分とかというケースがほとんどです。ただ、報酬の決め方は事務所によって違うので、依頼する前に必ず確認してもらってください。
2か月分の成功報酬を支払ったとしても、手間は大きく減りますし、書類の不備で不支給になるリスクも下げられます。「残念ですが、このケースだと障害年金は受けられない可能性が高いです」など、ほとんどの専門家が明確に答えてくれます。
そういうことも対象者に教えてあげると喜ばれると思います。逆に、障害年金に強い専門家に会社が連絡を取るなどはしなくていいです。それをやってしまうと、とてつもなく会社の仕事が増えるからです。
休職中の社員を守るには、就業規則の整備と声かけの両方が必要
休職している社員にも、当然、生活があります。できれば会社にずっといたいし、賃金もほしい。ですが、働けない間は給与が出ません。そんなときに、会社が国の制度を教えてくれたら、社員はどう感じるでしょうか。「この会社は、自分が働けなくなっても見捨てなかった」と感じるはずです。伝えるだけで、社員の不安も、会社への気持ちも違ってきます。
ハード(制度・ルール)は、ここまでお話しした就業規則の休職の条文と、賃金控除の労使協定です。社員が元気なうちに決めて、紙に書いておきます。
ソフト(日々の対話や声かけ)は、休職が始まったときに傷病手当金や障害年金を伝えること、そして休職中も近況を聞き続けることです。湯浅さんは上司のことを「病気直後の自分を知っている、数少ない人」と話しています。休職中の社員に「ゆっくり休んで」とだけ伝えて連絡を断ってしまうと、本人は戻る場所がなくなったと感じます。ルールを紙に書いておくことと、休職中も社員の話を聞き続けること、この両方がそろって初めて、社員は安心して治療に専念できます。
よくある質問
Q. 休職中は給与を払っていないので、社会保険料もかからないのではありませんか?
A. かかります。私傷病による休職の場合、社会保険の資格はそのまま続くので、無給の休職でも、会社負担分と本人負担分が、休職前の標準報酬月額にもとづいて毎月発生します。産前産後休業や育児休業のような保険料の免除はありません。本人負担分をどう払ってもらうのか、休職が始まる前に本人と確認しておいてください。
Q. 傷病手当金と障害年金は、両方とも満額もらえますか?
A. 同じ病気やケガで障害厚生年金を受けられる場合、傷病手当金は原則として支給されません。ただし、傷病手当金の日額の方が障害年金の日額より多い場合は、その差額が支給されます。また、障害年金がさかのぼって支給され、傷病手当金を受けていた期間と重なった場合は、傷病手当金の返納が必要になることがあります。会社が「両方もらえるよ」と言い切ってしまうと、あとで返納を求められた社員が困ります。「障害年金という制度がある」と伝えたうえで、具体的な金額や調整は、加入している健康保険(協会けんぽや健康保険組合)や、障害年金に詳しい社労士に確認してもらってください。
Q. すでに障害者手帳を持っている社員は、障害年金も受け取っているのではありませんか?
A. そうとは限りません。障害者手帳と障害年金は、まったく別の制度です。手帳の等級と年金の等級も一致しませんし、障害年金は本人が年金事務所などに請求しなければ支給されません。手帳を持っているから年金も大丈夫だろう、と思い込まないでください。本人に一度確認してみてください。なお、さかのぼって受け取れる場合でも過去5年分までで、請求の仕方によっては請求した翌月分からしか受け取れません。請求が遅れた分だけ受け取れなくなるので、気づいたら早めに障害年金に詳しい社労士に相談してもらうことが大切です。
まとめ
34歳で脳梗塞を発症した湯浅さんは、発症から3年、会社に籍を残したままリハビリを続け、2027年10月の職場復帰を目指しています。3年間待ち続けている会社は立派ですが、同じことができる中小企業はほとんどありません。だからこそ、社員が倒れる前に、会社がどこまで待てるのかを決めておく必要があります。
就業規則と労使協定で決めておくことは、次の3つです。
- 休職期間は、勤続年数に応じて2か月、3か月、4か月と段階的に延ばす
- 休職の取消・復職・再休職のルールを決め、同じ病気での再休職は通算する
- 休職中の社会保険料は、振込期限と未納のときの対応、給与から控除するときの上限まで決め、労使協定も結んでおく
そして、休職が始まったら、傷病手当金と障害年金という国の制度を社員に伝え、休職中も近況を聞き続けてください。本人に伝わっていないかもしれない制度を、会社からも伝えてください。それだけで、社員の生活の不安は小さくなります。あなたの会社の就業規則の休職の条文を、一度読み返してみてください。
「これって違法?」「トラブルになる前に相談したい」——そのタイミングが一番大事です。姫路の中小企業の現場を知る特定社労士が、一緒に整理します。

