「商社の営業職からタクシー運転手に転職したら、給料が倍以上になった」というニュースが話題になっています。
「ホワイトカラーの時代は終わった」という論調で語られがちですが、姫路で中小企業の採用支援を行う社会保険労務士の立場から見ると、本当に注目すべきは業種の違いではありません。
求人票に書いている内容と、実際の職場の実態が一致しているかどうか。ここにこそ、採用トラブルを防ぐカギがあります。今回は、このニュースを入り口に、求人票の適正な表示について、職業安定法の観点から解説します。
目次
目次
- 話題のニュース:ブルーカラー転職で給料倍増
- 辞めた理由は業種ではなく「組織の体質」
- 求人票の虚偽・誇大表示は職業安定法違反になる
- 求人票と実態がズレるとどうなるか
- 求人票と実態を一致させる3つの実務ポイント
- よくある質問
話題のニュース:ブルーカラー転職で給料倍増
MBSニュースが報じたのは、商社の営業職から歩合制のタクシードライバーに転職した27歳女性の話です。「やったらやった分だけ給料が欲しい」という思いから転職し、給料は倍以上、良い月は額面で60万円になったといいます。
冠婚葬祭業で15年勤めた38歳男性も、管理職としての板挟みや忖度に疲れ、父親の介護をきっかけにタクシー業界へ転職。今は月12回の出勤で前職とほぼ変わらない年収を得ています。
こうした事例が「ブルーカラーの時代」として紹介され、SNSでも大きな反響を呼びました。
ニュースでは他にも、全工程を一人でこなすエアコン設置業の39歳男性が年収約1500万円を稼ぐ例や、大手住宅メーカーが職人を直接雇用する制度を導入し、高校卒業者の初任給を2022年から約30%引き上げた結果、3年連続で100人以上の若手人材を確保している例も紹介されていました。「やった分だけ返ってくる」という納得感が、これらの事例に共通しているポイントです。
辞めた理由は業種ではなく「組織の体質」
冠婚葬祭業から転職した男性のコメントを見ると、辞めたかったのは「ホワイトカラーという働き方」ではなく、部下をけなさなければならない板挟みや、本音を隠さなければ出世できない忖度の文化だったことが分かります。
問題の正体は、年功序列・忖度・板挟みという「組織の体質」であり、業種そのものではありません。実力主義でクリーンなホワイトカラー企業も、年功序列やパワハラが残るブルーカラーの現場も、どちらも存在します。「ブルーカラーなら安心」という発想も、「ホワイトカラーは終わった」という発想と同じくらい、危険な単純化だと言えます。
求人票の虚偽・誇大表示は職業安定法違反になる
中小企業の採用でもっとも避けたいのが、求人票の内容と実態のズレです。実はこれは、単なるモラルの問題ではなく、法律上のリスクでもあります。
職業安定法第5条の4では、求人や労働者の募集に関する情報を広告等で提供する際、「虚偽の表示又は誤解を生じさせる表示をしてはならない」と定められています。これは新聞広告だけでなく、インターネットの求人サイトやSNSでの募集にも適用される規定です(厚生労働省「労働者の募集広告の表示について」)。
「アットホームな職場です」「残業はほとんどありません」といった表現が、実態とかけ離れている場合、求職者に誤解を生じさせる表示として問題になり得ます。行政からの是正指導や、求人情報サイトからの掲載中止・訂正の求めにつながることもあります。
また、労働条件そのものについては労働基準法第15条により、労働契約締結の際に賃金・労働時間などを明示する義務があります。求人票の段階から実態に即した表示を心がけることが、採用後のトラブルを防ぐ土台になります。
2022年の職業安定法改正では、この「的確な表示義務」が明確化され、求人メディアや募集情報等提供事業者に対しても、虚偽や誤解を招く表示への対応(掲載内容の是正依頼への協力など)が求められるようになりました。求人票は「作って終わり」ではなく、実態が変わった際には内容を更新し続ける必要がある、という意識が重要です。
求人票と実態がズレるとどうなるか
架空の会社に置き換えて、求人票トラブルの典型的な流れを整理してみます。
- 求人票に「アットホームな職場です」「風通し抜群です」と記載する
- 面接でも「残業はほとんどありません」と口頭で伝える
- 入社してみると、上司の顔色をうかがう文化が根強く残っている
- 定時で帰ろうとすると、無言の圧力がかかる
- 3ヶ月後、「聞いていた話と違う」と退職の申し出がある
- 退職者がSNSや口コミサイトに実態を投稿する
- 次の求人にも悪影響が及び、採用がさらに難航する
このように、求人票の表示と実態のズレは、一人の早期離職だけでなく、その後の採用活動全体にも影響を及ぼします。求人広告費、面接にかけた時間、教育にかけた人件費は、早期離職によってすべて無駄になってしまいます。
求人票と実態を一致させる3つの実務ポイント
- 厳しい条件(歩合制、繁忙期の残業など)は隠さず記載し、その代わりの見返り(給与への反映、休みの融通)も同時に明記する
- 「アットホーム」「風通し抜群」のような抽象的な表現に頼らず、1日のスケジュールや評価の仕組みなど、具体的な事実で伝える
- 面接時にも良い面だけでなく大変な面をあえて伝え、双方の期待値をすり合わせる
条件を盛らずに書くことは、一時的に応募数を減らすかもしれません。しかし、入社後のギャップを減らし、結果として定着率を上げ、採用コストを下げることにつながります。
歩合制や成果給を導入する場合は、制度を整えるだけでなく、日々の体調や働き方についての対話を並行して行うことも欠かせません。制度だけでは、無理をする社員を見逃してしまうことがあるためです。
よくある質問
Q. 求人票の内容と実態が違った場合、会社にどんなリスクがありますか?
A. 職業安定法上、虚偽・誤解を生じさせる表示として是正の対象になり得るほか、入社後のミスマッチによる早期離職や、SNSでの悪評につながるリスクがあります。採用コストの浪費だけでなく、企業イメージへの影響も無視できません。
Q. 良い条件を多少アピールするのは問題ないのでしょうか?
A. 魅力を伝えること自体は問題ありません。ただし、実態とかけ離れた表現や、実現していない制度をあたかも実施しているかのように書くことは避けるべきです。表現の強さよりも、実態との一致を優先することをおすすめします。
Q. 求人票はどのタイミングで見直せばよいですか?
A. 制度や職場の状況が変わったタイミング(評価制度の改定、繁忙期の変化など)はもちろん、既存の求人票を出しっぱなしにせず、定期的に実態との一致を確認することをおすすめします。特に離職が続いている場合は、求人票の表現と実態のズレがないか見直す良い機会です。
まとめ
「ブルーカラーの時代が来た」という単純な話ではありません。大事なのは業種ではなく、組織に何が根付いているか、そして求人票に書いてあることと実態が一致しているかどうかです。
職業安定法の観点からも、求人票の適正な表示は中小企業にとって避けて通れないテーマです。自社の求人票が実態と合っているか、この機会に見直してみてはいかがでしょうか。
特に人手不足が続く業界ほど、求人票の表現をつい強めにしてしまいがちです。しかし、短期的な応募数よりも、入社後にどれだけ定着してもらえるかという視点で求人票を見直すことが、結果的に採用コストを抑え、安定した組織づくりにつながります。

