2026年9月14日、岡山市東区のクリニックを運営する一般社団法人「泰輝会」と、経営者の男性医師が、最低賃金法違反の疑いで岡山地方検察庁に書類送検されました(KSB瀬戸内海放送)。2024年2月分から10月分までの間、従業員3人に、決められた支払日に給料を払わなかった疑いです。当時の最低賃金で計算すると、3人分で約35万6,000円とみられています。
なぜ給料が支払われなかったのかは、報じられていません。ですが、この件とは別に、給料が払えなくなる会社には、その手前で共通して起きていることがあると私は考えています。
今日はそれについて、私の持論をお話しします。
目次
目次
- 事件の概要
- 賃金未払いが起こる中小企業の共通点
- クリニックの開業、運営には多額の資金が必要
- 社長は労働者に説明と謝罪をしていたのか?
- トラブルが大きくなる前の早期説明、早期対応が必須
- よくある質問
- まとめ
事件の概要
KSB瀬戸内海放送の報道によると、従業員3人から相談があり、岡山労働基準監督署が捜査していました。医師が容疑を認めているのか、なぜ支払いがされなかったのか、クリニックが今どうなっているのかは、報道には出ていません。書類送検の段階ですから、有罪が決まったわけでもありません。
給料を払わなかったのに、なぜ「最低賃金法」違反なのでしょうか。
給料を決まった日に全額払わないことは、まず労働基準法第24条に違反します。そのうえで、まったく払っていない、あるいは払った額が地域別の最低賃金に届いていなければ、その部分は最低賃金法違反にもなります。労働基準法違反の罰金の上限は30万円、最低賃金法違反は50万円で、最低賃金法のほうが法定刑の上限が高いのです。法人と経営者の両方が送検されているのは、違反した本人だけでなく法人も罰する「両罰規定」があるためです。最低賃金法で問えるのは最低賃金に相当する額までなので、実際に払われなかった給料が約35万6,000円だとは限りません。
不払いの期間が短ければ大丈夫、というわけでもありません。山形県では、婦人服製造業の会社とその代表取締役が、4人に2026年2月分の給料(合計約72万円)を払わなかった疑いで、庄内労働基準監督署から最低賃金法違反で書類送検されたと、山形労働局が2026年8月19日に公表しています。給料の不払いは、1か月分でも送検された例があるということです。労基署の指導に従わないなど、重大・悪質と判断されれば、刑事手続に進みます。
賃金未払いが起こる中小企業の共通点
ここからは、岡山の件とは関係なく、私がこれまで見聞きしてきた中から、給料が払えなくなる会社に共通しやすいパターンを、業種も事情も変えた架空の例でお話しします。たとえば、こんな会社です。
- 数年前に事業を広げたときの借入があり、毎月の返済が重くのしかかっている
- 資金繰りが苦しく、「税理士に払うお金の余裕もない」と言っている
- それなのに、その前の年には、賞与をかなり多めに出していた
- 昔つくった退職金制度は、見直さないままになっている
- 仕事量に比べて、人員が多い
借入を抱えたこと自体は、責められる話ではありません。問題は、そのあとです。この会社は、苦しいと言いながら、実際には何も手を打っていません。賞与も、退職金制度も、人員も、昔のまま動いているのです。給料が払えなくなる会社は、払えなくなったその月に突然つまずくのではなく、その手前で何もしていないのです。
原因は、どこにあるのでしょうか。資金繰りが悪くなる前に、そもそも税理士が経営の数字をきちんと伝えていなかった、という可能性もあります。一方で、経営者が税理士に相談していない、本当のことを話していない、という場合も少なくありません。借入の状況や、通帳にいくら残っているのかを伏せたまま「なんとかなりませんか」と聞いても、専門家は正しい答えを出せません。そして、経営者自身が数字を読むことを後回しにしてきた。どれかひとつではなく、いくつもが重なって、ある月の給料日に払えなくなるのだと私は考えています。
クリニックの開業、運営には多額の資金が必要
クリニックの経営は、私たち士業の仕事とはまったく違います。社労士や税理士は、極端に言えば体ひとつあれば自宅でも仕事ができますが、クリニックはそういうわけにはいきません。建物や家賃といった箱代がかかり、医療機器などの設備がかかり、材料費がかかり、看護師や受付スタッフの人件費がかかります。このうち家賃や設備のリース代、人件費は、患者さんが来ても来なくても、毎月出ていくお金です。
しかも、クリニックの収入の多くを占める保険診療は、値段が国の診療報酬で決まっていて、院長が自分で値上げすることはできません。材料費も人件費も上がる中で、診療報酬の改定がそれに追いついていない、という声は、医療の現場からよく聞こえてきます。
実際、2026年6月からの診療報酬の改定では、本体が2026年度に+2.41%引き上げられました(2027年度分と合わせた2年度平均で+3.09%。2027年度分は今後調整がありえます)。賃上げや物価高に対応する分に加えて、2024年度の改定以降に医療機関の経営環境が悪化したことを踏まえた緊急対応分も盛り込まれています。ただし、その緊急対応分(改定率全体で+0.44%)は大半が病院に配分され、医科診療所への配分は+0.02%にとどまりました(厚生労働省「診療報酬改定について」)。この数字を見ると、改定を待っていれば、クリニックの経営が楽になる、とは私には言えません。
院長が医師として診療に追われ、経営の数字を見る時間がないクリニックほど、気づいたときには手遅れになりやすいのです。
社長は労働者に説明と謝罪をしていたのか?
先に、法律の話をしておきます。どれだけ丁寧に理由を説明しても、給料を決まった日に全額払わなければ、労働基準法違反であることに変わりはありません。社員が理解してくれたとしても、違法な状態は続きます。払われなかった給料には遅延損害金がつき、社員は労基署に申告することもできます。
そのうえで、経営者として問われるのは、苦しくなったときに、社員とどういう話をしていたのか、ということです。
「申し訳ない。今はこういう理由で支払いが遅れているけれど、●月までには、●●という理由で必ず解決できると見込んでいる。私自身も、これから1年間、自分の給料を50%下げる。だから、一緒に頑張ってほしい」
こうやって本音で伝えられていたか。いつまでにどうなるのかという未来を見せられていたか。そして、その未来に向けて、経営者自身が具体的な行動を取っていたか。社員が見ているのは、給料が遅れたという事実だけではなく、そのときに経営者が何を言い、何をしたかです。もちろん、遅れたまま「頑張ってほしい」と言い続けていいという話ではありません。遅れを1日でも早く解消するために手を尽くしていることを、言葉と行動で見せる。ここまでがセットです。
給料が遅れているのに何の説明もなく、経営者の暮らしぶりも変わらないように見えたら、社員はどう感じるでしょうか。自分が社員の立場なら、信じ続けるのは難しいはずです。だからこそ、本音で話し、経営者が先に身を切ること。ここが、苦しいときに社員とつながり続けるためのソフトの部分です。
トラブルが大きくなる前の早期説明、早期対応が必須
では、給料が払えなくなる前に、何をしておけばいいのか。私が考える仕組み、つまりハードの部分は、次の3つです。
1. 給料日と借入の返済日が重なる月を、3か月前に把握する
売上や利益の数字だけでなく、通帳にいくら残っていて、3か月先までにいくら入り、いくら出ていくのかを、毎月一覧にして見てください。クリニックの場合、保険診療の報酬が入金されるのは、おおむね診療した月の2か月後です。患者さんが減った月の影響は、2か月遅れて通帳に出てきます。給料日、借入の返済日、医療機器のリースの更新、賞与と納税が重なる月がどこなのかが分かれば、払えなくなる月を前もって知ることができます。
2. 借入の状況と通帳の残高を、税理士にすべて見せる
税理士には、借入の状況も、通帳の残高も、これまでの事情も、すべて見せてください。都合の悪い数字を伏せたままでは、どんな専門家でも正しい手を打てませんし、もし税理士が数字を説明してくれない、相談に乗ってくれないと感じるなら、その税理士との付き合い方を見直すきっかけにしてください。
3. 賞与・給料の減額や人員の削減は、早めに正直に話し合う
前の年と同じように賞与を出していないか。昔つくった退職金制度が、今のクリニックの体力に合っているか。まずは、そこから見直します。ただし、賞与も退職金も、規程に定めがあれば、院長の判断だけで下げることはできません。
就業規則や賃金規程に「賞与は基本給の1か月分を支給する」と書いてあるクリニックもあると思います。規程をそのままにして、書いてある額を払わないことは許されません。ですが、規程に書いてあるから、この先も何があっても変えられない、というわけでもありません。会社の状況を正直に伝えて、社員と話し合い、同意をもらったうえで規程そのものを変える、という道はあるのです。
そして、これから賃金規程をつくる、見直すというクリニックに、私は必ずお伝えしていることがあります。賃金規程で、賞与の金額を固定するようなことは絶対にしてはいけません。「賞与は基本給の1か月分を支給する」と言い切るのではなく、「会社の業績や本人の成績、勤務態度によっては、賞与を支給しないことがある」「賞与の支給時期を変更することがある」という但し書きを、必ず入れておいてください。この一文があるかないかで、苦しくなったときに取れる手が大きく変わります。
もし、賞与の規定が「賞与は基本給の1か月分を支給する。例外はない」となっていたら、選択肢は1つしかありません。すぐに賃金規程を変更し、賞与の規定を改定することです。社員にとって不利益な変更になりますが、背に腹は代えられません。頭を下げてでも、同意を得るしかないのです。
「このままだと会社が潰れてしまう」と、社員一人ひとりに事情を話して、お願いするしかありません。
ただし、そこには専門的な知識が必要で、たとえば社員が口で「いいですよ」と言っても、規程を変えなければ、規程に書いた額を払う義務は残ります。同意も、署名をもらうだけでは足りません。何がいくら下がるのかを具体的な金額で書面にして説明し、考える時間をとったうえで同意してもらわなければ、後から同意があったとは認められないことがあります。そして何より大切なのが、時間に余裕を持って伝えることです。支給日を過ぎて払う義務が確定してしまった賞与を、後から減らすのは極めて難しくなります。賞与の支給日になって、突然「こういう事情で払えない」と言い出す。この進め方が、一番トラブルを大きくします。
法律論と感情論は別です。法律の手順を守るのは大前提ですが、手順を守っただけでは、社員の気持ちは離れていきます。そのうえで、社員の気持ちになって、いつ、どう伝えるのかを考えて動けば、それだけで避けられるトラブルはたくさんあります。
人員についても同じです。給料が払えないところまで来ているのであれば、整理解雇を考えざるを得ない状況かもしれません。ですが、給料が払えないほど苦しいというだけで、解雇が認められるわけではありません。整理解雇は会社が一方的に行うもので、人員を減らす必要性があるか、解雇を避ける努力をしたか、対象者の選び方が妥当か、社員への説明や協議を尽くしたか、といった点が厳しく問われます。院長自身の報酬を下げ、賞与を止め、新しい採用を止めるところまでやって、はじめて人員の話になるのです。後から争われて、会社が負けることは珍しくありません。
ですから、整理解雇の前に、まずは退職勧奨、つまり話し合いを考えてください。「申し訳ないけれど、こういう事情で経営が厳しい。辞めていただけないでしょうか」と、正直に、本音で伝える。ただ辞めてほしいと言うのではなく、「転職先は、私も一緒に探します」と言えるかどうかです。もちろん、辞めるかどうかを決めるのは社員本人です。一度はっきり断られたらそれ以上は迫らず、「辞めないなら解雇する」とは絶対に言わないでください。何度も呼び出して辞めるまで迫るような退職勧奨は、違法な退職強要と判断されるおそれがあります。
そもそも退職勧奨をする前には、誰が、どの順番で、何を、どう伝えるのかというシナリオを、きちんと書いておかなければいけません。専門知識のない経営者がぶっつけ本番で退職勧奨をして、「不当解雇だ」と弁護士を通じて訴えられたケースを、私は何度も見てきました。話し合いの進め方を間違えると、本人の感情が爆発して、そこから大きなトラブルに発展します。退職勧奨は、実施する前に必ず、労働法に強い弁護士か社労士に相談してください。
その努力や誠意があるかないかで、社員の受け止め方はまったく違ってきます。一番の裏切りは、苦しいことを隠したまま、ある日突然「給料が払えない」と告げることです。苦しいなら、苦しいと社員に共有すればいいのです。
それをしない経営者は、ぎりぎりまで雇い続けて、会社に都合のいいように使えるだけ使おうと考えているのではないか。社員を駒としか見ていないのだと、私は思います。そうでなければ、隠す理由がないからです。
倒産でも、よく似たことが起きます。社員の多くは会社が倒産することを当日になって知りますし、お客さんも同じです。たとえば、エステのお店が10回分で10万円の回数券を売り続けて、ある日突然倒産する。買ったお客さんにとって、その10万円の回数券は、使い道のない紙切れになってしまいます。倒産の直前まで売上だけは集めておこうとしているようにしか見えないケースも、実際にあるのです。
数字を見る仕組みと、社員に本音で話すことは、どちらか一方だけでは足りません。数字が見えていても社員に何も伝えなければ信頼を失いますし、本音で話しても手を打つ仕組みがなければ、同じ説明を毎月繰り返すことになります。
よくある質問
Q. 来月の給料が払えないかもしれません。まず何をすればいいですか?
A. 払えないかもしれないと分かった時点で、すぐに税理士や取引のある金融機関に相談してください。顧問の税理士がいなければ、商工会議所などの経営相談窓口でも構いません。給料日の直前になってからでは、取れる手が限られます。あわせて、経営者自身の報酬を下げるなど、社員より先に経営者側から削れるものを削ってください(法人の役員報酬を途中で下げる場合の手続きは、税理士に確認してください)。そのうえで、社員には、給料日を過ぎてからではなく、分かった時点で、正直に状況を伝えてください。
Q. 社員が「待つ」と言ってくれれば、給料の支払いを遅らせてもいいですか?
A. いいえ。労働基準法第24条は、給料を毎月1回以上、決まった日に全額払うことを定めています。社員が「待つ」と言ってくれたとしても、決まった日に払わなければ違反であることに変わりはありません。社員の優しさに甘えて遅れを続けるほど、未払いの額は積み上がり、社員との関係も静かに壊れていきます。
まとめ
岡山の件は、書類送検の段階で、理由も経緯も明らかになっていません。ただ、給料を決まった日に払わないことは、1か月分でも送検された例がある法律違反です。
そして、私が見てきた限り、給料が払えなくなる会社の多くは、その手前で何もしていません。給料が払えなくなってからでは遅い。払えなくなる前に数字を見て、専門家に本当のことを話し、手を付ける。そして社員には、遅れる理由と、いつまでにどう解決するのかを本音で伝え、経営者自身が先に行動する姿を見せる。収入を自分で増やしにくいクリニックこそ、それが必要です。
院長自身が本気になって、自分のクリニックのお金の流れを見つめ、社員とどう向き合うのかを、問い続けてほしいのです。
この記事を読んで、「うちはどうすればいい?」と思ったら、それが相談のサインです。
姫路の中小企業だからこそできる、現実的な解決策を一緒に考えましょう。

