2026年9月2日、東京のタクシー会社「東京エムケイ」の松原京美社長が会見を開き、オーナーが社員を怒鳴りつけ、椅子を投げるなどした事実を認めて謝罪しました。オーナーは松原社長の実の弟で、会社の株を100%持つ青木政明氏です。8月13日の朝礼で、英単語の意味に答えられなかった社員たちを怒鳴りつけ、椅子を投げつけたと報じられています。
この件を、「ひどいオーナーがいたものだ」で終わらせてはいけないと私は考えています。ハラスメントをする人には、自覚がありません。だとすれば、会社は問題が起きる前に、何を置いておくべきだったのか。
今日はそれについて、私の持論をお話しします。
目次
目次
- 事件の概要
- 社長の社員向けメールは対症療法で、根本的な解決になっていない
- ハラスメントをする人には、自覚がない
- 社長の近くには、NOと言える人を置く必要がある
- 外部相談窓口は早めに設置し、相談者の秘密は必ず守る
- 我慢して働き続ける必要はなく、経営者も変わらなければならない
- よくある質問
- まとめ
事件の概要
東京エムケイは、海外からのお客さんに対応するため、社員に英語を学ばせてきた会社です。NEWSポストセブン(2026年9月12日配信)によると、社内にはブロンズ、シルバー、ゴールド、ゴールドプラスの4段階に分かれた独自の英会話資格があります。空港へ向かうハイヤーの仕事は、何かしらの資格を持っていないと任せない、とオーナーが言い出したと、社員は証言しています。
8月13日の早朝、オーナーの青木政明氏は朝礼の場で社員に英単語の意味を尋ねました。社員が答えられなかったことに激怒した青木氏が、「帰れ!」などと怒鳴りながら茶碗を床に叩きつけ、パイプ椅子を放り投げた様子を、デイリー新潮(2026年9月4日配信)が伝えています。けが人は出ませんでしたが、椅子は社員のそばを通過しました。
青木氏は今は取締役から外れていますが、会社の株を100%持つオーナーとして、強い影響力を持ち続けていると報じられています。同じデイリー新潮の記事は、「8月だけで5人は辞めた」という社員の証言も伝えています。
9月2日の会見で松原社長は、今後オーナーは営業所に出入り禁止になると説明し、「またオーナーが来て暴れたときには、弟ながら警察を呼ぶしかない」とも述べました(ABEMA TIMES)。本人はやったことを申し訳なかったと反省していた、とも話しています(週刊女性PRIME)。
そして、NEWSポストセブンによると、この会見の前に、松原社長は社員に向けてメールを送っていました。パワハラがあった日から7日後のことです。
社長の社員向けメールは対症療法で、根本的な解決になっていない
報じられたメールの文面は、次のとおりです。
〈お疲れ様です! 皆さん、英語を頑張ってください! シャッブル(社員向けの英語教材)の1から10迄を完全に覚えて来て下さい! そうすれば、オーナーは来なくなります! オーナーは、怒らなくなります! 皆さん、努力して下さい!〉(原文ママ)
私は、このメールも間違っていると考えています。
このメールが社員に求めているのは、「オーナーを来させないために、英語を覚えてください」ということです。椅子を投げられた側の社員に、さらに努力を求めていて、オーナーの言動そのものを止めるという根本の問題には手が付いていません。対症療法であって、根本療法になっていないのです。
もうひとつ、頑張る理由の置き場所も間違っています。本来、タクシーやハイヤーの乗務員が英語を覚えるのは、海外から来たお客さんに気持ちよく乗ってもらうためであり、空港の仕事を増やして業績を上げるためのはずです。それを「オーナーが怒らなくなるから」に置いてしまえば、社員は恐怖から逃れるために勉強することになります。資格手当や社内研修でも同じで、社長に怒られないために頑張らせた仕組みは、社長がいない場所では力を発揮しません。
NEWSポストセブンは、松原社長が「(親族の)私以外が社長になると、もっと酷いことになる」と話していた、という社員の証言も伝えています。実の弟であり、株を100%持つオーナーを相手にする難しさは、想像できます。ですが、会見で見せた「また暴れたら警察を呼ぶ」という断固とした姿勢が、7日後のメールの時点で社員に向けて示されていたら、社員の受け止め方はまったく違っていたはずです。
ハラスメントをする人には、自覚がない
法律の話から、先に片付けておきます。
厚生労働省のパワハラ指針(令和2年厚生労働省告示第5号)は、パワハラに当たると考えられる例として「相手に物を投げつけること」を挙げています。報道された朝礼での行為は、これと同じ種類の行為です。ただ、青木氏は社員でも役員でもない株主なので、法律上どう整理されるかは、個別に検討が必要になります。一方で、法律の整理がどうであれ、社員に向かって椅子を投げるという行為は、モラルとして論外です。
そのうえで、私が一番考えたいのは、なぜここまで誰も止められなかったのか、ということです。
ハラスメントをする人の多くは、その場では自覚がありません。自分は正しいことを言っている、社員のために厳しくしているのだと思い込んでいます。後から反省しても、次の場面ではまた同じことが起きる。だから、本人の反省に頼っていてはいけないのです。自分が感情的になりやすいと分かっている経営者なら、自分を止めてくれる人を近くに置きます。顧問弁護士や顧問社労士、社外取締役に、「自分の言い方はおかしくないか」と話を聞くはずです。
ところが、会社の株を100%持っていれば、誰の話も聞かずに済む体制ができあがってしまいます。役員を外れても、オーナーとして強い影響力を持ち続けられる。社長である実の姉でさえ、営業所への出入り禁止という強い手段を取るしかなくなります。正直に言って、ここまで来てしまうと、防ぐのは本当に難しいと私は思います。
中小企業では、社長や創業家が株の大半を持っている会社が珍しくありません。東京エムケイで起きたことは、遠い会社の話ではないのです。止める人がいない構造は、社長が元気なうちに、社長自身の手でしか変えられません。
社長の近くには、NOと言える人を置く必要がある
では、どうすればよかったのか。本来であれば、社長やオーナーの近くには、イエスマンではなく、「それは違います」とNOと言える人を置いておくべきでした。
ワンマンの社長の周りには、イエスマンが残りやすくなります。反対意見を言った人が会議から外されたり、異動させられたりするのを見れば、周りの社員は「言わないほうが得だ」と学ぶからです。そうして、社長の耳には都合のいい話しか届かなくなり、社長自身も、自分が周りからどう見えているのかが分からなくなっていきます。
NOと言える人は、社内の幹部でも、顧問の専門家でも構いません。大事なのは、その人のNOを、社長が本気で聞くことです。耳の痛いことを言ってくれた人を遠ざけず、「言ってくれてありがとう」と受け止める。NOと言える関係を日頃から育てておくことが、ハラスメントを止めるソフトの部分です。
ただし、社長の身内や、株を持っているオーナーが相手になると、社内の人間がNOと言うのは簡単ではありません。雇われている側からすれば、生活がかかっているからです。だからこそ、社内の関係だけに頼らない仕組みが必要になります。
外部相談窓口は早めに設置し、相談者の秘密は必ず守る
その仕組みが、外部のハラスメント相談窓口です。社員が社内の誰にも言えないことを、会社の外にいる専門家に相談できる。そういう窓口が早い段階から機能していれば、ここまでのことにはなっていなかったはずだと私は思います。
パワハラの相談窓口をあらかじめ定めて社員に知らせることは、大企業では2020年6月1日から、中小企業でも2022年4月1日から、事業主の義務になっています。パワハラ指針は、相談窓口を定めていると認められる例のひとつに、「外部の機関に相談への対応を委託すること」を挙げています。
義務はそれだけではありません。相談した人のプライバシーを守ること、相談したことを理由に不利益な扱いをしないこと。この2つを決めて、社員に知らせておく必要があります。窓口の担当者を決め、規程や社内報などで知らせておく。ここまでが、ハードの部分です。
ここからは東京エムケイの話ではなく、外部窓口そのものの話です。外部窓口にも、間違ったやり方があります。
「あなたの許可がなければ、社長には言いませんよ」と相談者に約束しておきながら、社長にこっそり伝えてしまう。社労士の中にも、そういう人がいます。そんなことをしても、誰にとっても何の得にもなりません。
相談してきた人の秘密は、絶対に守らなければいけません。社長に伝える必要があるなら、必ず相談した本人の許可を取る。私は、これを外部窓口の絶対のルールにすべきだと考えています。開業している社労士には社会保険労務士法第21条で、弁護士には弁護士法第23条で、秘密を守る義務も定められています。私たち社労士や弁護士がこれを守らなければ、従業員は窓口を信用しなくなり、相談する代わりに黙って辞めていきます。
外部窓口を選ぶときは、「秘密をどう守るのか」「社長に伝えるときは、どういう手順を踏むのか」を、契約する前に必ず確認してください。そして、その答えを社員にも伝えておく。安心して相談できると社員が分かっている窓口だけが、社長に届くべきNOを届けてくれます。
我慢して働き続ける必要はなく、経営者も変わらなければならない
最後に、もうひとつ考えたことがあります。理不尽な職場でも、人はなぜすぐには辞めないのか、ということです。
理由として、私は2つを考えます。ひとつは、我慢さえすれば給料がもらえる、という引き換えです。もうひとつは、今の会社を辞めたら、次の仕事が見つからないのではないかという不安です。
ですが、我慢して働き続けた結果、メンタルや体調を崩してしまえば、その給料そのものが入らなくなります。心も体も健康なまま働いたほうが、中長期的には間違いなく稼げますし、生涯年収も上がります。
メンタルを崩して入院すれば、働くことができません。会社の健康保険に入っていれば傷病手当金を受け取れますが、金額は給料のおよそ3分の2で、支給期間も、支給が始まった日から通算して1年6か月までと決まっています(協会けんぽ)。それに、お金の問題だけではありません。心と体を壊してしまったら、人生そのものが楽しくなくなります。我慢する必要など、ないのです。
次の仕事が見つからない、という不安も、今の時代には当てはまりません。東京商工リサーチによると、2025年の人手不足倒産は397件で、過去最多でした。帝国データバンクの調査(2026年7月)でも、正社員が足りないと答えた企業は51.3%にのぼります。人が足りずに倒産する会社がこれだけあるということは、働き口はいくらでもあるということです。
私の仕事は、基本的には経営者を支援することです。ですが、だからといって働く人の敵ではありません。私の使命は、企業と働く人との雇用のミスマッチをゼロにすることだからです。
ですから、働く人にはこう伝えています。この職場は合わない、苦しい、このままでは心がおかしくなる、体がおかしくなる。もう無理だと思うなら、すぐに転職活動をしてください。すぐに辞めても構いません。命がなくなってしまえば、その先の人生はありません。生涯年収がどうと言っている場合ではないのです。自分の命が一番大事で、自分の心と体の健康が一番大事です。仕事は、いくらでもあります。
経営者向けのブログで、どうしてこんなことを書くのかと思われるかもしれません。ですが、私は本気でこう思っていますし、働く人にも同じことを伝えています。
つまり、経営者も変わらなければいけない、ということです。社員が辞めても、代わりはいくらでもいる。そんな時代は、もう終わっています。そう考えている経営者こそが、これからは働く人から必要とされなくなっていく。東京エムケイのニュースを見ながら、私はそんなことを考えていました。
よくある質問
Q. 従業員が十数人の会社でも、外部の相談窓口は置くべきですか?
A. 置くことをおすすめします。パワハラの相談窓口を定めて社員に知らせることは、中小企業でも2022年4月1日から義務になっています。窓口は社内の担当者でも構いませんが、十数人の会社では担当者と社長の距離が近く、社長や社長の身内に関する相談ほど、社内の窓口には上がってきにくくなります。社外の専門家を窓口にする場合は、秘密をどう守るのか、社長に伝えるときの手順はどうなっているのかを、契約前に確かめてください。
Q. 社長の私自身がハラスメントをしていないか、どう確かめればいいですか?
A. 自分ひとりで確かめるのは難しいと考えてください。ハラスメントをする人の多くは、その場では自覚がないからです。だからこそ、NOと言ってくれる人に「私の言い方で、気になるところはないか」と聞いてみてください。自分で振り返るときの物差しは、自分の親や子ども、配偶者が、同じことを言われたら嫌かどうかです。嫌だと思うなら、社員に言っていい言葉ではありません。
まとめ
東京エムケイの件で、社員に椅子を投げたオーナーの行為は論外です。ですが、姉の社長が社員に「英語を覚えればオーナーは来なくなる」とメールしたことも、根本の問題に手を付けない対症療法でした。そして、株を100%持つオーナーに対しては、実の姉である社長でさえ、出入り禁止という強い手段を取るしかありませんでした。
ハラスメントをする人に、自覚はありません。だから社長は、NOと言える人と、秘密を守る外部窓口を、問題が起きる前に置いておく。こじれてしまってからでは、取れる手段は限られてしまうからです。社員が辞めても代わりはいくらでもいる、という時代は、もう終わっています。
社長自身が本気になって、自分の周りにNOと言ってくれる人がいるか、社員が安心して声を上げられる場所があるかを、問い続けてほしいのです。
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