2026年9月14日、デイリー新潮に「役職定年で年収700万円が490万円、定年後の再雇用でさらに4割減の294万円に」という記事が載りました。都内の中小企業で課長を務める54歳の社員が、社内のセミナーで年収700万円が、60歳までのわずか6年で300万円ほどまで下がっていく見通しを聞かされ、言葉を失ったという内容です。
記事は、ファイナンシャル・プランナーが家計の備え方を助言する形でまとめられていて、社員の側の備えとしてはその通りだと思います。ただ、会社を経営する側から読むと、この記事でいちばん怖いのは年収の数字ではありません。今日はそれについて、私の持論をお話しします。
目次
目次
- 55歳でいきなり210万円減、60歳からはさらに4割減——54歳の課長に届いた見通し
- 「定年後もこの会社にいるかどうか、今から考えておいたほうがいい」
- 30代の若手社員が見ているのは、20年後の自分の給料
- 「最低賃金に合わせている」で、再雇用の給料を下げた理由になるか
- 役職定年を「給料を下げる日」から「役割を渡す日」に変える
- よくある質問
- まとめ
55歳でいきなり210万円減、60歳からはさらに4割減——54歳の課長に届いた見通し
記事の主人公は、都内の中小企業で課長を務める淳史さん(54歳)です。年収は約700万円。社内で開かれたセカンドライフセミナーで、55歳から役職定年となり、管理職手当がなくなって基本給も改定されると知らされました。来年から、年収はいきなり約490万円。1年で210万円も下がります。
さらに60歳以降も同じ会社で再雇用として働く場合、そこから4割減って、年収は約300万円(見出しでは294万円)になる見通しでした。住宅ローンが残っていて、20歳になった一人息子の学費もかかります。息子さんが卒業したら老後資金を一気に貯め、退職金でローンを返すつもりでしたが、その計画が崩れかけています。記事の後半では、ファイナンシャル・プランナーの上原千華子さんが、50代前半のうちに家計を見える化すること、高年齢雇用継続給付を知っておくことなどを助言しています。
「定年後もこの会社にいるかどうか、今から考えておいたほうがいい」
私がこの記事で手を止めたのは、淳史さんが思い出していた先輩の言葉です。
「再雇用の給料なんてバイト代みたいなもの。東京都の最低賃金に合わせていると会社から言われたよ。定年後もこの会社にいるかどうか、今から考えておいたほうがいい」
先輩は後輩に、定年後もこの会社に残るかどうかを、今のうちから考えておくよう勧めています。後輩思いの、いい先輩だと思います。けれど会社から見れば、会社がつくった賃金の仕組みが、既存社員の口を通して「この会社に残るべきか」という問いに変わっているのです。
長年この会社で課長を務めてきた人が、自分の給料を「バイト代」と呼ぶ。その言葉の裏には、「会社に尽くしてきた結果がこれか」という悔しさがあるはずです。経営者の多くは、役職定年や再雇用の賃金を人件費の枠の中で考えていますが、その仕組みを本人がどう感じ、休憩室でどう語っているかまでは、なかなか見えていません。
30代の若手社員が見ているのは、20年後の自分の給料
先輩のあの言葉を聞いているのは、54歳の課長だけではありません。たとえば、次のような職場を想像してみてください。
- 課長は仕事ができて、部下の面倒見もいい
- その課長が55歳で役職を外れ、年収が3割下がる
- 60歳からは、ほとんど同じ仕事をしているのに、給料は「バイト代みたいなもの」になる
- 課長は休憩室で「来月からバイト代だから、もうコーヒーはおごれないよ(笑)」と若手に話している
若手社員は、その場では一緒に笑うでしょう。でも内心では「この会社で20年頑張った先に、あれが待っている」と感じているはずです。そう思ったときに会社を離れるのは、55歳の課長ではなく、転職市場で評価されやすい30代の若手のほうです。55歳になってから動くより、今動いたほうが条件がいいことを、若手はよく分かっています。
つまり、役職定年と再雇用の給料は、シニアの処遇の話であると同時に、若手の定着の話でもあります。求人を増やす前に、社内の仕組みに埋まっている辞める理由を掘り起こしてほしい。「採用より定着が先」と私が言い続けているのは、そのためです。
「最低賃金に合わせている」で、再雇用の給料を下げた理由になるか
まず、法律の話を整理しておきます。役職定年は、法律に直接の定めがない人事上のルールで、制度そのものが禁じられているわけではありません。ただし、すでに働いている社員に不利な形で新しく導入するなら、就業規則の不利益変更になります。その場合は、社員が受ける不利益の程度、変更の必要性、変更後の内容の相当性、労働組合などとの交渉の状況などを総合して、合理性が問われます(労働契約法第10条)。
定年後の再雇用については、高年齢者雇用安定法で65歳までの雇用確保措置が義務づけられていますが、再雇用後の賃金の具体的な額までは定められていません。とはいえ、いくらでも下げていいわけではなく、九州惣菜事件(福岡高等裁判所2017年9月7日判決)では、定年前の月収から約75%も減る条件の提示が同法の趣旨に反するとして、会社に慰謝料100万円の支払いが命じられています。
さらに、有期契約で再雇用した社員と正社員との間に不合理な待遇差を設けることは、パートタイム・有期雇用労働法第8条で禁じられています。名古屋自動車学校事件では、名古屋高等裁判所が基本給のうち定年退職時の60%を下回る部分を不合理としましたが、2023年7月20日、最高裁判所は、基本給の性質や支給の目的、労使交渉の具体的な経緯を十分に踏まえていないとして、審理のやり直しを命じました。
2026年10月1日から適用される改正後の同一労働同一賃金ガイドラインも、定年後の再雇用であることは判断材料の一つにはなるものの、それだけで直ちに待遇差が不合理でないとは認められない、という考え方を総論に置いています。「定年後の再雇用だから」「最低賃金に合わせているから」だけでは、賃金を下げた理由として足りないということです。
記事にも出てくる高年齢雇用継続給付は、雇用保険の被保険者期間が5年以上ある60歳以上65歳未満の人で、賃金が60歳時点の75%未満に下がった場合に支給されます。ただ、原則として2025年4月1日以降に60歳になる人は、給付率が最大15%から最大10%に引き下げられました。しかも比べる相手は60歳時点の賃金なので、55歳の役職定年で下がった210万円は対象になりません。国の給付で埋めてもらう前提の賃金設計は、成り立ちにくくなっています。
役職定年を「給料を下げる日」から「役割を渡す日」に変える
役職定年を導入している会社は、ポストを空けて40代に昇進の機会を渡そうとしているという点では、むしろ真っ当です。中小企業の人件費にもポストにも限りがあり、55歳の課長がずっと役職に座り続ければ、40代が昇進できず、今度は40代が辞めていきます。
問題は、渡し方です。多くの会社は、年収が下がるという通知は渡しても、「これからあなたに何を任せたいのか」は伝えていません。だから本人は「給料を下げられた」という事実だけを受け取り、若手の前でそれを冗談にするしかなくなります。制度(ハード)と関わり方(ソフト)の両面から、用意しておきたいことを挙げます。
役職を外す前に、紙に書いておくこと
- 役職を外れたあとに任せる役割(新人3人の育成担当、技術の引き継ぎ、大口取引先の引き継ぎなど、名前と中身で書く)
- 賃金を変えるなら、どの手当が、何の理由で、いくら変わるのか
- 本人に見通しを伝える時期(55歳の直前ではなく、住宅ローンや子どもの進学を考える40代のうちに)
- 高年齢雇用継続給付を当てにしない賃金の置き方
通知の前後に、社長と上司がやること
- 通知の前に、本人が60歳以降どう働きたいのかを聞く
- 役職を外れた人を、若手の前で「元課長」として軽く扱わない
- 任せた役割で出た成果を、社長が若手のいる場で言葉にして認める
- 制度を変えるときは、目的をベテランにも若手にも伝え、意見を言える場を残す
書類を整えても、通知一枚で渡せば、本人は「切られた」と感じます。反対に、面談だけを丁寧にしても、次の役割が用意されていなければ、「で、自分は何をすればいいのか」と不安だけが残ります。
よくある質問
Q. 再雇用後の給料を最低賃金ぎりぎりにしても、法律上は問題ありませんか?
A. 最低賃金を上回っていても、安全とは言えません。定年前と比べて極端に低い条件の提示は、高年齢者雇用安定法の趣旨に反するとして違法とされた裁判例がありますし、ほぼ同じ仕事と責任のまま賃金だけを大きく下げれば、パートタイム・有期雇用労働法の不合理な待遇差として争われる可能性もあります。さらに同法では、有期契約の社員から求められたとき、正社員との待遇差の内容と理由を説明する義務が会社にあります。「最低賃金に合わせている」とだけ伝えるのは、法律の面でも、本人の納得の面でも、説明として足りません。
Q. 役職定年をやめたいのですが、ポストが空かず若手が昇進できません。どうすればいいですか?
A. 役職定年をやめるか続けるかの二択で考えないほうがいいと思います。役職は若手に渡しつつ、ベテランには「育成担当」「技術指導」「大口顧客の担当」のような名前のついた役割を用意し、その役割に見合う手当を設計する方法があります。大事なのは、役職を外れても会社から期待されていることが、本人にも周りの若手にも見える状態をつくることです。
まとめ
54歳の課長の記事から会社が読み取るべきなのは、家計の話ではなく、先輩が後輩に「定年後もこの会社にいるかどうか、今から考えておいたほうがいい」と勧め、それを若手も聞いている、という構図です。
再雇用で賃金を見直すこと自体は違法ではありませんが、極端な引き下げや、理由を説明できない待遇差には、法律上のリスクがあります。そして、「バイト代みたいなもの」と語られる会社からは、55歳の社員より先に、30代の若手が離れていきます。役職定年は、給料を下げる日ではなく、役割を渡す日にしてください。
社長自身が本気になって「うちの55歳は、若手からどう見えているだろう」と問い続けてほしいのです。
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