ある金属加工の工場で、班長向けのハラスメント研修をしたあと、アンケートで「職場で困っていること」を書いてもらったときのことです。私は、部下の指導についての悩みが多く出てくるだろうと思っていました。ところが、班長たちから一番多く出てきたのは、「上司に意見を言えない」「上に交渉する力がない」という声でした。
管理職が育たない原因は、管理職本人よりも、その上にいる社長や上司の関わり方にあることが少なくありません。
今日はそれについて、私の持論をお話しします。
目次
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社長が現場に直接指示を出す会社で起きること
中小企業の社長には、もともと現場のプロで、20年、30年と現場に立ちながら、1人で会社をここまで引っ張ってきた方が少なくありません。誰よりも仕事ができて、誰よりも現場のことが分かっています。だからこそ、現場で気になることを見つけると、その場で作業している人に「それはこうしたほうがいい」と直接言いたくなります。現場に気づいてすぐ動けることこそ、会社をここまで支えてきた社長の力ですから、その気持ちはよく分かります。
ですが、社長が管理職を通さずに現場へ直接指示を出すと、現場の社員は「結局、社長の言うことを聞けばいい」と考えるようになります。管理職が何か指示を出しても、「社長はどう言っているんですか」と聞き返されます。管理職は、自分で判断しても社長にひっくり返されると思えば、何も決めなくなります。そして社長は、「うちの管理職は自分で考えない」と嘆くことになります。
管理職が自分で考えないのは、能力が足りないからとは限りません。考えても社長にひっくり返される状態が、管理職から考える力を奪っていることがあるのです。
中間管理職を飛ばした指示が、班長のやる気を奪った事例
冒頭の金属加工の工場では、工場長が班長を通さずに、現場の作業員へ直接指示を出すことが当たり前になっていて、班長の知らない指示が、日常的に現場に飛んでいました。工場長に悪気はありません。急ぎの仕事をさばくには、自分が直接言ったほうが早いと考えて、続けてきたやり方でした。指示を出していたのは社長ではなく工場長ですが、班長から見れば「上の人が自分を飛ばす」という構図は同じです。
ところが、班長たちはこの状態に、ずっと引っかかっていました。自分の班の作業員が、自分の知らないところで工場長から指示を受けて動いています。朝に組んだ段取りも、工場長の一声で昼には変わってしまいます。班長たちから出てきたのは、「自分は何のためにいるのか」という言葉でした。班長たちは、すっかりやる気をなくしていました。
指示を飛ばされた管理職が崩されるのは、仕事の段取りだけではありません。部下からの信頼も失います。作業員から見れば、班長は「工場長の指示を知らない人」になってしまうからです。
中間管理職の一番の悩みは、上司への交渉力
冒頭のアンケートで班長たちが一番困っていたのは、部下の指導ではなく上司への意見でした。工場長に「その指示は自分を通してほしい」と言いたくても、言えません。言ったところで聞いてもらえるとは思えないからです。そうやって、班長たちは上と下の間で黙って抱え込んでいました。
この本音は、社内の会議では出てきていませんでした。外部の人間が行う研修の、無記名のアンケートだったからこそ書けた声だと思います。社長や上司が「うちの管理職から不満は聞いていない」と思っていても、それは言えていないだけかもしれません。
管理職研修というと、部下の指導の仕方やコミュニケーションの取り方を教えることが多く、それも大切です。ですが、上からの指示で段取りがひっくり返され、それに意見も言えない職場では、いくら部下の指導を学んでも、その力は生かせません。管理職を育てるには、管理職本人を鍛える前に、社長や上司が「管理職の話を聞く側」に回る必要があります。
管理職を育てるための社長のルール
では、社長は何をすればいいのか。私は、ハード(仕組み・ルール)とソフト(日々の対話や声かけ)の両輪で考えるようにお伝えしています。
ハード:指示の流れを仕組みにする
- 指示を出す順番(指示命令系統)を決めて、紙に書き、全員で共有する:社長 → 管理職 → 現場の順を基本にし、「緊急時の例外」も決めておきます。例外を決めておかないと、「急ぎだから」を理由に、結局すべてが例外になってしまいます。A4用紙1枚の図にして、朝礼で全員に説明し、休憩室など目に入る場所に貼っておけば、社員にも「指示は管理職から来るもの」と伝わりやすくなります。
- 管理職に任せる範囲(権限)を決める:人の配置、作業の順番、残業の指示など、何を管理職が自分で決めてよいのかをはっきりさせます。範囲が決まっていれば、管理職はその中で迷わず決められます。
- 社長と管理職が話す場を定期的につくる:週に1回15分、あるいは毎月1日の朝礼のあとの30分でも構いません。「言いたいことがあればいつでも言って」では、交渉力に自信のない管理職は言い出せないので、管理職が社長に意見を言える場を仕組みとして用意します。話す順番は管理職から。社長は最初の10分は聞く側に回る、と決めておくだけでも話しやすくなります。
ソフト:管理職を立てる関わり方をする
- 現場で気づいたことは、管理職に伝えて、管理職から指示してもらう:社長がその場で直接言いたくなっても、一度こらえます。「さっき〇〇が気になったんだけど、どう思う?」と管理職に聞き、管理職の口から現場に伝えてもらいます。
- 管理職の判断を、人前で否定しない:違うと思ったら、その場では何も言わず、あとで2人のときに話します。そして、うまくいったときは、みんなの前で認めます。人前で否定された管理職は、部下の前で面目を失い、次から判断を社長に預けるようになります。反対に、人前で認められた管理職は、「自分の判断を社長が信じてくれている」と感じて、次も自分で考えようとします。
社長にとって、自分で言ったほうが早いことを管理職に任せるのは、もどかしいものです。ですが、社長が口を出すのを1回こらえるたびに、管理職が考える機会が1回増えると考えてみてください。
よくある質問
Q. 管理職に任せたら、仕事の質が落ちそうで不安です。どうすればいいですか?
A. 最初は、社長が自分でやるより質が落ちることもあります。だからこそ、いきなりすべてを任せるのではなく、任せる範囲を決めて、少しずつ広げていきます。途中で口を出したくなったら、その場で管理職の仕事に手を入れるのではなく、定期的に話す場で「あの件、どう考えて進めた?」と聞いてください。任せて、振り返って、また任せる。その繰り返しで、管理職の判断の質は上がっていきます。
Q. 緊急のときも、管理職を通さないといけませんか?
A. 安全に関わることなど、本当に急ぐときは、社長が直接指示を出して構いません。そのために「緊急時の例外」を決めておきます。ただし、直接指示を出したあとは、必ず管理職にも伝えてください。管理職が知らないまま現場が動く状態をつくらなければ、管理職の立場を守れます。
Q. 社長と管理職が話す場で、管理職が何も言ってくれません。どうすればいいですか?
A. 最初は、何も出てこないのが普通です。これまで言っても変わらなかった経験があれば、管理職はまず様子を見ます。最初の一言だけは社長から、「今週、現場で困ったことを1つだけ教えて」と答えやすい問いを出してみてください。そのあとは、管理職が話し終わるまで聞く側に回ります。そして出てきた意見には、すぐに否定せず「ありがとう、考えてみる」と返し、次の回で「あの件、こうしてみたよ」と結果を伝えます。言ったことが1つでも形になると、管理職は次も話してくれるようになります。社内で話しにくい空気が強いときは、冒頭の工場のアンケートのように、外部の人間が間に入って1人ひとりの声を聞く方法もあります。
まとめ
社長や上司が管理職を飛ばして現場に直接指示を出すと、管理職は「自分は何のためにいるのか」と感じ、自分で考えることをやめてしまいます。そして管理職の一番の悩みは、部下の指導ではなく、上に意見を言えないことかもしれません。
管理職を育てたいなら、指示は管理職を通して出すことです。指示命令系統を紙に書いて全員で共有し、任せる範囲を決め、管理職が社長に意見を言える場をつくり、現場で気づいたことは管理職から伝えてもらいましょう。社長の関わり方が少し変わるだけで、管理職は自分で考え始めます。
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