横浜市長パワハラ認定に学ぶ中小企業の連鎖対策|姫路の特定社労士が解説する再発防止の実務

横浜市長パワハラ認定に学ぶ中小企業の連鎖対策|姫路の特定社労士が解説する再発防止の実務

横浜市の山中竹春市長が、辞職の意向を固めたと報じられました。市職員への言動がパワーハラスメントと認定された問題を受けたもので、近く辞職願を市議会議長に提出するとされています。

2026年7月30日に公表された第三者調査の報告書では、怒鳴る、書類を投げつける、国際会議の招致を巡り「できなければ切腹だ」と発言する、人事権を背景にした職員支配、幹部職員らへの「人間のクズ」「ポンコツ」などの暴言、市長室への出入り禁止など、7項目がパワハラとして認定されました。きっかけは、前人事部長が2026年1月に報道機関へ内部告発したことでした。

世論の反応は「当然だ」でほぼ一致しています。私も、辞職という判断そのものは妥当だと考えています。

ただ、この件を「トップが辞めて解決した話」として読むと、中小企業にとって一番大事な部分を取りこぼします。加害者とされた人が去っても、その人を生んだ構造が残っていれば、数年後に別の人が同じことをします。


目次

  1. 朝礼で出た言葉が、昼までに現場へ着く
  2. 最初の30分で、経営者は何を「しない」か
  3. 法律が求めている4つの措置と、その先にあるもの
  4. 窓口が3年間ゼロなのは、平和の証拠ではない
  5. よくある質問
  6. まとめ

朝礼で出た言葉が、昼までに現場へ着く

今回の報道で私がもっとも引っかかったのは、認定された7項目そのものではありません。毎日新聞が関連記事の見出しで、この件を「ストレスためた幹部→職員にあたる負の連鎖も」と報じていた点です。

暴言を浴びせられた側の幹部が、今度は自分の部下に同じことをしていた可能性がある。そうした構図が指摘されたことになります。

この構造は、役所より中小企業のほうが速く伝染します。社長と現場の距離が近く、間に挟まる階層が少ないからです。朝礼で社長が特定の役員を強く責めれば、その空気は昼までに現場へ着きます。

たとえば、20名ほどの製造業を想定してみます。

  • 社長は温厚だが、納期の話になると工場長だけを名指しで責める
  • 工場長はその日のうちに班長を呼び出し、「なぜ止めた」と問い詰める
  • 班長は若手に理由を説明せず、無言で作業をやり直させる
  • 若手は何が悪かったのかを教わらないまま、自分を責める
  • 数年後、その若手が班長になり、同じやり方で後輩に接する

この五段階のどこにも悪意はありません。それでも、叱責の受け渡しだけが役職と一緒に引き継がれていきます。厄介なのは、本人に自覚がないことです。自分がされて嫌だったやり方を、一番よく知っているという理由でそのまま使ってしまいます。


最初の30分で、経営者は何を「しない」か

社内で「あの人からパワハラを受けた」という声が上がったとき、やってはいけないのは、その場で結論を出すことです。処分の話より先に、事実確認があります。

具体的には、次の順序で進めます。

  • 相談してきた人の話を、遮らずに最後まで聞く
  • いつ、どこで、誰の前で、どんな言葉があったのかを時系列で記録する
  • 指摘された側の言い分も、同じ丁寧さで聞く
  • その場にいた周囲の人にも確認する
  • 確認が終わるまで、結論めいた発言を社内でしない

この順番を飛ばして「あいつが悪いに決まっている」と走り出せば、指摘された側の人格を踏むことになります。逆に「まさかあの人が」と決めつけて動かなければ、相談した人を見殺しにすることになります。

どちらに転んでも、失うものは同じです。一度「この会社は言っても無駄だ」と学習されると、次から情報は上がってきません。経営者にとって、これが一番痛い損失です。

横浜市の件が、市の依頼を受けた第三者調査委員による調査という形をとったのも、内部の力関係から切り離して事実を確認するためです。中小企業で同じ規模の調査は現実的ではありませんが、社内の利害から一歩離れた人に確認してもらうという発想自体は、規模を問わず使えます。顧問社労士や外部の相談窓口を使うのは、そのための現実的な手段です。


法律が求めている4つの措置と、その先にあるもの

パワハラ防止の根拠は、労働施策総合推進法第30条の2にあります。第1項が事業主に求めているのは、ひとことで言えば「相談を受けられる状態にしておくこと」です。

条文では、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより労働者の就業環境が害されることのないよう、相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない、と定められています。いわゆる措置義務です。

対象は大企業だけではありません。厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」(2026年8月28日確認)によれば、中小企業も2022年4月1日から義務化されており、業種・規模を問わずすべての事業主が対象です。従業員が数名の会社でも例外はありません。

指針が義務としている4つの柱

パワハラ防止指針(令和2年厚生労働省告示第5号)が事業主に義務づけているのは、次の4つです。行政用語のままだと動けないので、会社の動作に置き換えて書きます。

  • 「うちはパワハラを許さない」と社長の言葉で全員に伝える。管理職にも同じ言葉で伝える
  • 誰に相談すればいいのか、担当者の名前と連絡先を決めて周知する
  • 相談が来たら、片方だけでなく双方から話を聞いて記録し、被害者と行為者の双方に適正に対処するとともに、再発防止に向けた措置を講じる
  • 相談者のプライバシーを守り、相談したことを理由に不利益な扱いをしない旨を定めて周知する

なお、この4つとは別に、指針はパワハラの原因や背景となる要因を解消するための取組を挙げていますが、こちらは義務ではなく「望ましい取組」という位置づけです。義務と努力目標を混ぜて理解すると、優先順位を間違えます。

見落とされやすい第2項

同条第2項は、労働者が相談を行ったこと、または事業主による相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、その労働者を解雇その他不利益に取り扱ってはならない、と定めています。声を上げた人を守るところまで、法律は踏み込んでいます。

罰則がないから軽い、という話ではない

この措置義務そのものに、罰金や拘禁刑といった罰則は定められていません。同法第33条第1項にもとづき厚生労働大臣が助言・指導・勧告を行い、第2項で、勧告を受けた者がこれに従わなかったときはその旨を公表することができるという仕組みになっています。

罰金がないから軽い、と読むのは危険です。社名が公表されるということは、求職者に対して「この会社はハラスメント対応を怠った」と告知されるのと同じ意味を持ちます。人が採れない時代に、これ以上重い制裁はそう多くありません。

なお、行政から報告を求められて応じなかった場合や虚偽の報告をした場合には、20万円以下の過料が定められています。これは措置義務そのものとは別の話です。

あわせてお伝えしておくと、2026年10月1日からはカスタマーハラスメント対策も措置義務に加わります。パワハラ対応さえしていれば足りる、という状態ではなくなります。


窓口が3年間ゼロなのは、平和の証拠ではない

ここまで読んで、「うちは規程も窓口もあるから大丈夫」と思われた経営者もいるかもしれません。私がもっとも危ういと感じるのは、まさにその状態です。

規程を整え、窓口を設置し、研修も一度実施した。それでも同じことが起きる会社があります。窓口はあるのに、誰も使わないからです。使えば自分の立場が悪くなる。全員がそう感じている職場で、その電話を取る人はいません。

私は支援の軸を、制度というハードと、対話というソフトの両輪に置いています。就業規則や相談体制を整えるだけでも、面談や研修を繰り返すだけでも、人の問題は解決しません。日頃から言いたいことが言える関係が育っていなければ、どれだけ立派な窓口も飾りで終わります。

逆に、関係性だけが良くて手順が決まっていない会社も危険です。いざ相談が上がったとき、経営者が感情のままに処理してしまい、結果として双方を傷つけます。手順というハードと、関係性というソフトは、どちらか一方では機能しません。

窓口が3年間一度も使われていないなら、それは平和の証拠ではなく、点検すべきサインです。まずは、窓口の担当者が誰かを社員が即答できるかどうか、明日確かめてみてください。


よくある質問

Q1. 中小企業でも、第三者委員会を設置しなければいけませんか?

法律が第三者委員会の設置を義務づけているわけではありません。求められているのは、相談に応じ、事実を迅速かつ正確に確認し、適正に対処したうえで再発防止まで行える体制です。重要なのは委員会という形式ではなく、社内の力関係から切り離して事実を確認できるかどうかです。顧問社労士や外部の相談窓口を活用する方法でも、この目的は果たせます。ただし、経営者本人が関与を疑われている事案では、社内だけで完結させないことを強くお勧めします。

Q2. 相談窓口を作りましたが、数年間まったく使われていません。問題ないでしょうか?

「相談がない=ハラスメントがない」とは限りません。使えば不利になると思われている場合も、窓口の存在自体が知られていない場合も、件数はゼロになります。まず確認すべきは、窓口の担当者が誰か、社員全員が即答できるかどうかです。答えられないなら、周知が足りていません。あわせて、相談したことを理由に不利益な取扱いをしない旨を定めて周知することも、指針が義務として挙げている4つの柱の一つです。


まとめ

横浜市の件は、トップの言動が認定され、本人が辞職の意向を固めたと報じられるところまで来ています。ですが、中小企業が持ち帰るべきは処分の結末ではなく、明日からの手順です。

  • 窓口の担当者名を、全社員が即答できるか確かめる
  • 相談が来たときの流れ(誰が聞き、誰が記録し、誰が判断するか)を紙に書いておく
  • 「相談したことで不利益な扱いはしない」と明文化し、周知する
  • 事後対応の手順に、再発防止の一項目を入れる
  • 2026年10月1日からのカスタマーハラスメント対策義務化に備え、対応方針を決めておく

犯人を一人退場させて幕を引いた会社が、数年後にどうなるか。私は何度か見送ってきました。今週、あなたが強い言葉をぶつけた相手は、その日の午後、誰と話していたでしょうか。