先日、姫路市内で建材の卸売をしている会社にお伺いしたときのことです。営業をまとめる部長さんが、社員一人ひとりとの面談を終えたばかりで、手帳をめくりながらこう話してくれました。
「ほぼ全員に言われました。『正しく評価してほしい』って」
少し間をおいて、部長さんはこうも言いました。「評価からは、正直ずっと逃げていたんです。ちゃんとした仕組みを作らないと、もう誰も納得しないと思います」。
では、評価シートを作れば、この声は消えるのでしょうか。私は、シートの出来よりも先に見直すべきところがあると考えています。それは、シートを書くタイミングです。
今日はそれについて、私の持論をお話しします。
目次
目次
- 「正しく評価してほしい」と、面談した社員のほぼ全員が言った
- 駆け込みで付けた点数は、真ん中に集まる
- 「見てもいない上司に、評価されても」——不満はここから始まる
- 評価シートは、期のはじめに配る「試験範囲」
- よくある質問
- まとめ
「正しく評価してほしい」と、面談した社員のほぼ全員が言った
その会社にも、評価の仕組みがまったくないわけではありませんでした。部長さんが自分で作った簡単な評価シートがあり、それを見ながら点数を付けて、最後は社長が決めるという形です。従業員が数十名の会社であれば、ごく普通のやり方だと思います。
面談で出てきた声は、給料の上がり方についての要望が中心でした。ただ、部長さんの話をよく聞いていくと、社員が求めていたのは金額よりも「結果だけでなく、そこまでの頑張りも見ていてほしい」ということでした。
ここで多くの会社は、評価項目を増やしたり、立派な評価シートの見本を取り寄せたりする方向に動きます。気持ちはよく分かります。ですが、私がこれまで見てきた会社の多くでつまずいていたのは、シートの中身ではありませんでした。半年に1回の評価の時期が近づくと、上司が慌ててシートを引っ張り出し、締め切りに間に合わせるように点数を付けていきます。つまずきの原因は、ほとんどがこの書くタイミングのほうにあります。
駆け込みで付けた点数は、真ん中に集まる
2026年9月5日、私は「A4一枚評価制度」で知られる榎本あつし先生の評価制度セミナーを受講しました。そこで榎本先生が挙げていた失敗のパターンが、まさにこれでした。
評価の締め切りが迫ってから、上司が引き出しの奥のシートを取り出します。半年前に部下と決めた目標を読み返して、「そういえば、この目標だった」「この人はここが苦手だったな」と思い出しながら、点数を付けていきます。思い出しながら付けるので、自信が持てません。自信がないから極端な点数を避けて、どうしても真ん中あたりに寄せてしまいますし、結局は直近の出来事の印象で点数が決まっていくことになります。
これは一部の会社だけの話ではありません。パーソル総合研究所が2021年9月30日に発表した調査では、企業側が挙げた評価の課題の1位が「評価結果に差がつかず、中心に偏る」で、52.1%でした。回答した800社のうち、半分以上の会社が同じところでつまずいていることになります。
点数が真ん中に集まると、半年間必死に工夫してきた人も、なんとなく過ごしてきた人も、同じような評価になります。頑張った人ほど「この会社では、やってもやらなくても同じだ」と感じるようになるでしょう。榎本先生も、人が辞めていくのは給料よりも「ここにいても成長できない」と感じたときだ、と話されていました。
それでも評価の書類はきちんとそろい、手続きとしては滞りなく回っていきます。ですが、書類がそろっているのは手続きが回っているというだけのことで、本当に見るべきなのは、人が育っているか、定着率が上がっているかのほうです。書類はそろっているのに、誰も育っていない。これが「形骸化」の正体だと私は考えています。
私の考えを一言でいえば、駆け込みでやるから失敗するし、形骸化する、ということです。
「見てもいない上司に、評価されても」——不満はここから始まる
駆け込みの評価は、点数を狂わせるだけでなく、部下の納得感も壊します。
榎本先生のセミナーで紹介されていた場面があります。評価の面談で、部下が「この半年で外部のセミナーを4つ受けてきました。Sでいいですか」と言ってきます。上司は困ってしまいます。その努力を評価すると最初に約束していないので、期末になってから言われても判断のしようがないからです。逆に、上司の側が、期のはじめには伝えていなかった基準を持ち出して「ここができていないからダメだ」と言うこともあります。どちらも、期のはじめに約束していないことで期末に採点しているわけで、これでは納得してもらえるはずがありません。
部下の側も、実は同じように駆け込んでいます。期末まで残り1か月になって、慌てて自分の目標を思い出し、少しだけ手をつけます。夏休みの宿題が8月の最後の数日に集中するのと同じ理屈で、提出の日が近づかないと人はなかなか動きません。
数字もあります。コーチ・エィのコーチング研究所が2022年12月に、従業員100名以上の企業で働く506名に聞いた調査では、上司と目標について話す頻度が週1回以上の人は、87%が目標に向けて行動を起こしていました。半月に1回か月に1回だと約60%で、2〜3か月に1回や半年に1回になると3割に下がり、年1回では約半数が自分の目標を覚えてすらいませんでした。
半年に1回、評価の直前にしかシートを開かない職場では、目標は1年のほとんどの期間、誰の頭の中にもありません。そんな状態で付けられた点数に、部下が「見てもいない上司に、評価されても」と感じるのは、当然のことです。最初の面談で出た「正しく評価してほしい」という声は、この気持ちの裏返しだと思います。
評価シートは、期のはじめに配る「試験範囲」
では、どうすればいいのか。答えは、発想をひとつ変えることです。評価シートは、期末に上司が書くものではなく、期のはじめに部下へ渡して、日頃から書き溜めていくものです。
榎本先生の言い方を借りれば、評価シートは試験範囲です。期のはじめに「この半年は、この成果を目指してください。この力を伸ばしてください」と部下に配ります。中身は成果と能力と姿勢の3つで、営業と事務では求められるものが違うので職種ごとに変えますが、量はA4用紙1枚に収めます。項目が多すぎると、人は目指せなくなるからです。毎朝2〜3分でさっと見返せる量であることが何より大事だ、というのが先生の考えでした。
期の途中の回し方として榎本先生が勧めていたのは、たとえば毎月1日と16日の月2回、部下が「今月はここまで進んだ」「ここで困っている」と一言振り返りを書いて、上司に出すやり方です。上司はそれに赤ペンで花丸を付けて、一言返すだけで十分です。大事なのは中身の出来ばえより、月2回を途切れさせないことのほうです。こうして半年たつと手元には10枚ほどの記録がたまっていて、期末の評価は、それを読み返して「来期はどうしようか」と話すだけで済むようになります。
あの部長さんには、私からも同じことをお伝えしました。部下の振り返りとは別に、部長さん自身もA4一枚のシートを手元に置いておいて、「この人、これを頑張っていたな」「ここで困っていたな」と、気づいたときに一行ずつ書き溜めていく。そうすれば、評価の時期にゼロから思い出す必要がなくなり、上司の負担はむしろ軽くなりますし、普段の会話も自然と増えていきます。
ここで、私がいつもお伝えしているハードとソフトの両輪の話をさせてください。ハード(仕組み)は、A4一枚のシートと月2回の提出です。ソフト(関わり方)は、出てきた振り返りに花丸を付けて一言返すこと、面談で部下の話を最後まで聴くことです。あの部長さんは、社員一人ひとりと面談をして本音を引き出せる方でしたから、ソフトはすでにできていました。そこにハードが加われば、制度は一気に回り始めると私は考えています。
もうひとつ、目的の置き方も大事です。昇給や賞与の理由づけのためだけに評価制度を作ると、どうしても「点数を付ける作業」になってしまいます。評価制度の目的は業績を上げることと人を育てることで、評価そのものは手段にすぎない、というのが榎本先生の考えで、私も同じ意見です。部下にシートを渡すときは、「あなたの頑張りをちゃんと見るために、これを一緒に使いたい」と、何のためにやるのかを必ず伝えてください。書き方まで細かく指示する必要はありません。自分の言葉で書いてもらうほうが、その目標を本人が自分のこととして受け止めやすくなります。
よくある質問
Q. 評価項目を細かく増やせば、「正しく評価してほしい」という不満はなくなりますか?
A. 私は、逆効果になることが多いと考えています。項目を増やすほどシートは分厚くなり、上司も部下も普段は見なくなって、結局は評価の直前にしか開かれなくなるからです。あの部長さんも、以前の職場の評価制度は分量がかなり多かったと話していました。分量の多い仕組みは、まず続きません。榎本先生も、納得感を左右するのは制度の細かさより、上司が書くコメントの力のほうだと強調されていました。項目を増やす前に、今あるシートを「日頃から見る」状態にするほうが、納得感は上がります。
Q. 部下を月2回も見る時間がない上司は、どうすればいいですか?
A. 上司が全部を書こうとするから、時間が足りなくなります。振り返りを書くのは部下の仕事で、上司は花丸と一言を返し、月2回を途切れさせないことに集中してください。現場の仕事で一番できる人が上司になっていることが多い中小企業では、部下を見るのが苦手な上司がいても不思議ではありません。だからこそ、仕組みのほうで上司を助ける必要があります。「見る時間がない」まま評価だけ付けるのは、部下にとって一番つらい評価のされ方です。
まとめ
「正しく評価してほしい」という声に応えるために、立派な評価シートから探し始める必要はありません。まずは、今あるシートを書くタイミングを変えてください。期のはじめに部下へ渡し、月2回、短い振り返りを出してもらい、上司は一言返します。期末の評価は、それを読み返して来期の話をする場にしてください。評価の直前に駆け込むのをやめるだけで、点数は真ん中に集まらなくなり、部下の納得感も変わります。
榎本先生は、評価者の研修をすると、1回目はみなさん自分の書いたコメントに絶望するけれど、2年ほど続けると本当にちゃんと書けるようになると話されていました。最初から上手に回る会社はありません。1年目は下手でいいので、とにかく続けることです。
そして、今日お話ししたことが唯一の正解ではありません。業種によっても、上司の人柄によっても、うまくいくやり方は変わります。大事なのは、社長が本気になって「うちの社員が納得して頑張れる評価は、どんな形だろう」と考え続けることです。評価を上司と社長だけのものにせず、社員にも目的を伝えて巻き込んでいけば、制度は会社に合った形に育っていくはずです。
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