「年収の壁」という言葉、正直かなり分かりにくいと思います。私たち社労士や税理士でも、一瞬「あれ、今どうなってたっけ」と立ち止まることがあるくらいです。理由は単純で、「税金の壁」と「社会保険の壁」という、まったく別の制度が同じ「〇〇万円の壁」という呼び方で語られているからです。
今回は、姫路の中小企業の給与担当者が実務で本当に困る「社会保険の壁」を中心に、会社の規模・働き方別の具体例で整理します。あわせて、混同されがちな「税金の壁」の全体像も押さえておきます。
目次
目次
- まず整理:壁は「税金」と「社会保険」の2種類ある
- 社会保険の壁①106万円の壁——2026年9月末に撤廃されます
- 社会保険の壁②企業規模要件——うちの会社はいつ対象になる?
- 社会保険の壁③130万円・150万円・180万円の壁
- 具体例で見る「対象になる人・ならない人」
- 税金の壁もざっくり——110万円・136万円・169万円・178万円
- よくある質問
まず整理:壁は「税金」と「社会保険」の2種類ある
「年収の壁」が分かりにくい一番の原因は、性質のまったく違う2つの壁が同じ土俵で語られていることです。
- 税金の壁……本人や家族の所得税・住民税、配偶者控除・扶養控除に関わる壁
- 社会保険の壁……本人が会社の社会保険(健康保険・厚生年金)に加入するかどうか、あるいは家族の扶養に入れるかどうかに関わる壁
給与担当者として実務に直結するのは、圧倒的に後者の「社会保険の壁」です。まずはここから見ていきます。
社会保険の壁①106万円の壁——2026年9月末に撤廃されます
パート従業員が会社の社会保険に加入するかどうかを分ける基準の一つが、月収8.8万円(年収換算で約106万円)という収入要件でした。この要件が就労調整の原因になっているとの指摘を受け、2025年6月に成立した年金制度改正法により、この収入要件そのものを撤廃することが法律上すでに決まっています。
この改正には「全都道府県の最低賃金が時給1,016円以上になったことを確認したうえで撤廃する」という条件が付いていましたが、2025年度の地域別最低賃金改定(2025年10月発効)で、すでに全都道府県がこの水準を超えました。条件はすでに満たされているため、2026年10月からの賃金要件撤廃は確定しています。撤廃後は、収入の多寡ではなく「週20時間以上働いているかどうか」だけが、この要件については判定基準になります。
社会保険の壁②企業規模要件——うちの会社はいつ対象になる?
106万円の壁がなくなっても、パート従業員全員がすぐに社会保険加入対象になるわけではありません。もう一つ、「勤務先の企業規模(被保険者数)」という要件が別に存在するからです。この要件は、次のスケジュールで段階的に縮小されていきます。
- 現行(2024年10月〜)……常時51人以上の企業が対象
- 2027年10月〜……常時36人以上の企業が対象
- 2029年10月〜……常時21人以上の企業が対象
- 2032年10月〜……常時11人以上の企業が対象
- 2035年10月〜……企業規模の要件そのものが撤廃(10人以下の企業も対象)
つまり「106万円の壁」が2026年中になくなっても、常時50人以下の姫路の中小企業であれば、この企業規模要件によって当面は対象外のままというケースも多いということです。自社が「今」何人規模で、「いつ」対象に切り替わるのかを押さえておくことが重要です。
社会保険の壁③130万円・150万円・180万円の壁
ここまでは「本人が会社の社会保険に入るかどうか」の壁でしたが、もう一つ別枠で「配偶者や親の扶養に入れるかどうか」の壁があります。これが130万円の壁です。
- 130万円の壁(一般)……配偶者・親の社会保険の扶養に入れる収入の上限。2026年4月から、判定方法が「実際の残業代等も含めた見込み年収ベース」から「雇用契約上の年収見込み額(基本給に通勤手当や各種固定手当を加えたもの)ベース」に変更される見込み。通勤手当などの固定的な手当は引き続きカウントされる点に注意が必要です。契約上の年収見込みが130万円未満であれば、繁忙期の残業代など変動的な手当で一時的に130万円を超えても扶養認定を維持しやすくなります
- 150万円の壁……19〜23歳の子(学生等)を扶養する場合の特例。2025年に新設され、通常130万円のラインが150万円まで緩和されています
- 180万円の壁……60歳以上の方や障害のある方が扶養に入れる収入の上限。年金収入も合算して判定されます
具体例で見る「対象になる人・ならない人」
条件だけ並べても実感が湧きにくいと思うので、姫路のよくあるケースで見てみます。
- ケースA:従業員80人の小売店で、週25時間・月収9万円のパート(45歳)
現在すでに企業規模要件(51人以上)を満たしているため、106万円の収入要件にも該当し社会保険加入の対象です。2026年10月に収入要件が撤廃されても、週20時間以上の要件は満たしているため、そのまま加入対象のままです。 - ケースB:従業員30人の飲食店で、週25時間・月収9万円のパート
収入・労働時間の条件は満たしていますが、企業規模要件(現行51人以上)を満たさないため、現時点では加入対象外です(労使合意による任意加入は可能)。2029年10月に21人以上まで対象が広がった時点で、加入対象に切り替わります。 - ケースC:従業員100人の会社で、週15時間・月収6万円のパート
週20時間未満のため、106万円の収入要件がなくなっても対象外のままです。労働時間要件はなくならないため、ここが実質的な最終ラインになります。 - ケースD:従業員40人の会社で、週18時間・年収125万円、夫の扶養に入っているパート
週20時間未満のため会社の社会保険には入りません。130万円の壁の対象として見た場合、2026年4月からは雇用契約上の年収見込み額(基本給+通勤手当等の固定的な手当)で判定されるため、この契約上の年収見込みが130万円未満であれば、繁忙期の残業代など変動的な手当で一時的に130万円を超えても、夫の扶養から外れずに済む可能性が高くなります。ただし通勤手当は固定的な手当としてそのままカウントされる点には注意が必要です。
税金の壁もざっくり——110万円・136万円・169万円・178万円
最後に、社会保険とは別枠の「税金の壁」も簡単に触れておきます。もともとの「103万円の壁」は2025年・2026年の税制改正で分化し、次のように整理されています。
- 110万円の壁……住民税がかかり始めるライン
- 136万円の壁……配偶者・親が配偶者控除や扶養控除を受けられなくなるライン(旧103万円ラインに相当)
- 159万円の壁……19〜23歳の子(大学生世代)を扶養する親が「特定親族特別控除」を満額受けられるライン
- 169万円の壁……配偶者特別控除を満額(38万円)受けられるライン
- 178万円の壁……本人に所得税がかかり始めるライン(2026年4月施行)
これらは本人・家族の税負担の話であり、会社の社会保険加入とは別の制度です。給与担当者としては、「今シフト調整の相談を受けているのは、税金の話なのか、社会保険の話なのか」を最初に切り分けることが、混乱を防ぐ一番のコツです。
制度の要件を整理し、自社の該当者を洗い出すのはハードの対応です。同時に、パート従業員一人ひとりに「あなたの場合はどうなるか」を丁寧に説明することはソフトの対応です。壁が複雑だからこそ、この両輪がなければ現場は混乱したままになります。
よくある質問
Q. うちは従業員45人ですが、106万円の壁がなくなったら加入させないといけませんか?
A. 現行の企業規模要件は51人以上のため、45人規模の会社は当面対象外です。2029年10月に21人以上まで対象が広がった時点で、週20時間以上働くパートは加入対象になります。
Q. 「年収の壁」と「扶養の壁」は同じ意味ですか?
A. 重なる部分もありますが同じではありません。「扶養に入れるか」は130万円・150万円・180万円といった社会保険の扶養認定の話、「税金がいくらかかるか」は110万円・136万円・169万円・178万円といった税金の話です。相談を受けたら、まずどちらの話かを確認してください。
まとめ
「年収の壁」は、税金と社会保険という別々の制度が同じ呼び方で語られているために、実務者でも混乱しやすいテーマです。自社の従業員数・パート従業員の労働時間と収入を一人ずつ当てはめて整理すれば、意外と迷わず判定できます。今のうちに該当者を洗い出し、説明の準備を進めておきましょう。
「これって違法?」「トラブルになる前に相談したい」——そのタイミングが一番大事です。姫路の中小企業の現場を知る社労士が、一緒に整理します。

