雇用調整助成金の不正受給、4.5億円返還命令——姫路の社労士が見る、不正で延命する経営の末路

雇用調整助成金の不正受給、4.5億円返還命令——姫路の社労士が見る、不正で延命する経営の末路

2026年8月9日、宮城労働局は印刷・製本業の小宮山印刷工業(気仙沼市、宮城工場・従業員約200人)に対し、雇用調整助成金約4億5000万円の全額返還を命じました。2021年2月から2023年3月にかけて、実際には休業していない従業員を「休業した」と虚偽申請していたというものです。同時に、清掃請負業の企業に約2700万円、飲食店に約2800万円の返還命令も出ており、さらに労働条件通知書を偽造して不正請求に関与した社労士事務所の存在も明らかになりました。

私は社労士として、助成金そのものが悪いとは思いません。正しく使えば、会社の存続と従業員の雇用を守る力になります。しかし、不正をしてまで延命しようとする経営姿勢には、明確に「ノー」を言いたい。今日は、不正が数年後にバレたときに何が起きるのか、そしてなぜ「延命」という発想そのものが危ういのかをお話しします。


目次

  1. 何が起きたのか
  2. 不正が発覚した後に襲ってくるリスク
  3. 「助成金で延命する」という経営姿勢そのものが問題
  4. 助成金は悪くない——正しく使えば力になる
  5. よくある質問

何が起きたのか

雇用調整助成金は、経営が悪化した企業が従業員を休業させても雇用を維持できるよう、休業手当の一部を国が助成する制度です。コロナ禍では特例的に支給要件が緩和され、多くの中小企業がこの制度に支えられました。

しかし今回のケースは、実際には働いていた従業員を「休業扱い」にして申請するという、明確な虚偽申告でした。2021年から2023年という長期間にわたって行われていたことも見過ごせません。不正は一度で終わらず、続けるほどに金額は膨らみ、返還すべき額もそれだけ大きくなります。今回の4億5000万円という数字は、その積み重ねの結果です。

さらに深刻なのは、労働条件通知書を偽造して不正請求に関与した社労士事務所の存在です。本来、経営者が制度を正しく使えるよう支援すべき専門家が、逆に不正の片棒を担いでいたということになります。誰に相談するかという選択が、経営者自身の信用にも直結する時代だと痛感させられる事例です。

今回、同じ地域で複数の不正受給が相次いで明らかになったことも見逃せません。清掃請負業や飲食店といった、業種も規模も異なる会社で同様の不正が起きていたという事実は、これが特殊な一社だけの問題ではなく、「休業扱いにすれば助成金がもらえる」という発想が、思っている以上に現場に広がっていた可能性を示しています。


不正が発覚した後に襲ってくるリスク

「バレなければ大丈夫」という考えがどれほど危険か、発覚後に起きることを具体的に並べてみます。

  • 受給した助成金の全額返還。今回のように、複数年分をまとめて返還命令が出ることもある
  • 返還額に加えて、延滞金や加算金が上乗せされる。もらった額より多く払うことになるケースも珍しくない
  • 労働局のホームページ等で企業名が公表される。取引先や金融機関、求職者の目に触れる形で残る
  • 悪質な場合は詐欺罪などで刑事告発・書類送検される可能性がある
  • 今後の助成金・補助金の申請が一定期間制限される
  • 金融機関からの融資審査に悪影響が出る。信用情報としてマイナスに働く
  • 従業員に不正が知られた場合、会社への信頼が崩れ、離職につながる
  • 不正に関与した社労士や税理士がいた場合、その専門家自身も懲戒処分の対象になり得る

恐ろしいのは、不正受給は申請した瞬間ではなく、何年も経ってから発覚することが多いという点です。今回のケースも2021年の申請が2026年に返還命令という形で表面化しました。「もう時効だろう」「もうバレないだろう」と思っている間に、リスクは静かに膨らみ続けます。数年後、事業が軌道に乗り始めた頃に過去の不正が発覚し、積み上げてきたものを一瞬で失う。そんな経営者を、私はこれまでにも見てきました。

特に厄介なのが、企業名の公表というリスクです。返還すれば終わりではありません。一度ニュースやインターネットに載った「不正受給企業」という事実は、検索すればいつでも出てくる形で残り続けます。数年前に採用した従業員が、入社時にはなかったこの情報を後から見つけて動揺する、取引先の担当者が偶然目にして距離を置き始める。そうした静かな信用の毀損は、返還した金額以上に、長期にわたって経営を蝕みます。

また、不正受給が発覚した会社では、経営者本人だけでなく、当時申請を担当していた総務・経理の従業員にも心理的な負担がのしかかります。「言われた通りに書類を作っただけなのに」という思いを抱えたまま、社内に居づらくなって離職してしまうケースも少なくありません。不正のツケは、経営者一人では払いきれない形で、周囲にも広がっていきます。


「助成金で延命する」という経営姿勢そのものが問題

今回の件で私が本当に問題だと思うのは、不正の手口そのもの以上に、「助成金さえ引っ張れば、会社は延命できる」という発想です。助成金は、本来一時的な苦境を乗り越えるための橋渡しであって、経営そのものを立て直す代わりにはなりません。

不正をしてまで延命しようとする会社は、多くの場合、事業モデルそのものに根本的な課題を抱えています。その課題に向き合わず、助成金でその場をしのぎ続ければ、いずれ制度の網にかからなくなったときに、より大きな形で問題が噴き出します。今回のケースも、2年以上にわたって不正を続けていたという事実が、それを物語っています。

経営者に求められるのは、苦しいときこそ現実を直視することです。助成金を使いながらも、並行して本業の立て直しに手をつけているかどうか。この違いが、数年後の会社の姿を大きく分けます。

私は、業績が厳しいときに正直に休業手当を調整したり、人員配置を見直したりする経営判断を、恥ずべきことだとは思いません。むしろ、そうした苦渋の決断を先送りせずに下せることこそ、経営者の器だと考えています。虚偽の書類で目先をしのぐことは、その決断から逃げているだけです。逃げた分の代償は、利息がついて後から必ず戻ってきます。


助成金は悪くない——正しく使えば力になる

誤解のないようにお伝えしたいのですが、私は助成金・補助金という制度そのものを否定しているわけではありません。むしろ、正しく使えば、会社と従業員を守る強力な後押しになります。

令和8年の熊本地震のような大きな災害の後には、被災した中小企業・小規模事業者を支援するための新しい制度が次々と生まれます。こうした制度は、本当に困っている経営者を支えるために作られたものです。該当する事業者には、ためらわずに積極的に活用してほしいと思っています。

ただし、こうした新しい支援制度が生まれるタイミングは、同時に不正も生まれやすいタイミングでもあります。混乱に乗じて要件を偽ったり、実態のない申請をしたりする動きは、残念ながら必ず出てきます。制度を使う側には、「困っているから使う」という正当な理由と、「使えるものは何でも使う」という姿勢との間に、明確な一線があることを忘れないでほしいと思います。


よくある質問

Q. 過去の申請内容に不安がある場合、どうすればいいですか?

A. 気づいた時点で自主的に是正・返還を申し出ることで、悪質な不正受給とは異なる扱いを受けられる可能性があります。放置して発覚を待つより、早期に顧問社労士や労働局に相談することをお勧めします。問題を先送りするほど、金額もリスクも膨らみます。

Q. 助成金コンサルや社労士を選ぶとき、何に注意すればいいですか?

A. 「絶対に通ります」「実態がなくても大丈夫」といった言葉を軽々しく口にする専門家には注意してください。制度の趣旨やリスクを丁寧に説明してくれるかどうかが、信頼できる専門家を見分ける一つの基準になります。

Q. 熊本地震のような災害後の支援制度は、どこで情報を確認できますか?

A. 代表的なところでは、中小企業庁の令和8年熊本地震特設ページ(https://www.chusho.meti.go.jp/saigai/r8_kumamoto_jishin/index.html)で支援措置の一覧が確認できます。ここに載っている情報がすべてではないので、自分でも定期的に検索する、そして迷ったら地元の専門家に直接聞く、この両方をお勧めします。


まとめ

4億5000万円という返還命令の重さは、不正を続けた年月の重さでもあります。助成金は、正しく使えば会社と従業員を守る力になります。しかし、不正をしてまで延命しようとする姿勢は、いずれもっと大きな形で経営者自身に返ってきます。制度を使うことと、制度に頼りきって本質から目を背けることは、まったく別の話です。

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