2026年10月、カスタマーハラスメント対策が義務化されます。顧客からの理不尽な言動に、会社として毅然と対応する。これ自体は、とても良い流れです。従業員を守るための法整備が進むこと自体、歓迎すべきことだと私は考えています。会社が「あなたを守る」と明言することは、それだけで従業員の安心感につながります。
ただ、姫路の顧問先で管理職の方と話していると、別の悩みが見えてきます。「部下に注意すると、パワハラと言われそうで怖い」「雑談すら気を遣う」。ハラスメントへの意識が高まるほど、必要な指導まで萎縮してしまう管理職が増えています。2022年のパワハラ防止措置の義務化以降、この傾向は徐々に強まってきました。カスハラ義務化を機に、改めてこの問題に向き合ってみたいと思います。
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「指導できない上司」が組織に与える悪影響
注意すべき場面で何も言えない上司が増えると、組織はどうなるでしょうか。ミスが放置され、基準が曖昧になり、結局しわ寄せは真面目に頑張っている人にいきます。「言わない優しさ」は、一見部下思いに見えて、実は組織全体への不誠実だと私は考えています。
さらに厄介なのは、指導されないまま育った若手が、いざ管理職になったときに「指導の仕方が分からない」まま次の世代を任されることです。指導の連鎖が途切れると、組織の基準そのものがじわじわと緩んでいきます。今、萎縮を放置することは、5年後、10年後の組織力そのものを弱める選択でもあります。
また、指導できない職場では、優秀な人材ほど不満を募らせやすい傾向があります。基準が曖昧なまま放置される職場では、頑張っている人と頑張っていない人の評価に差がつかず、「頑張るだけ損だ」という空気が広がります。指導は、部下を追い詰めるためのものではなく、公平な組織を保つための土台でもあるのです。
実際、退職理由として「上司が何も言ってくれなかった」を挙げる従業員も少なくありません。成長したいと思っている人ほど、フィードバックのない環境に物足りなさを感じます。指導を控えることが、必ずしも従業員のためになるとは限らないのです。
配慮はするが、遠慮はしない
私が大切にしている姿勢に、「配慮はするが遠慮はしない」というものがあります。配慮とは、相手の人格を尊重し、言葉を選ぶこと。遠慮しないとは、イエスマンにならず、違うと思ったことは、言い方に気をつけながらもきちんと伝えることです。
この2つは矛盾しません。「あなたの人格を否定するつもりはない。でも、この行動は改めてほしい」——ここを分けて伝えられる上司の指導は、ハラスメントにはなりません。境界線を作っているのは、内容ではなく、伝え方と関係性の質です。伝える内容が同じでも、日頃から信頼関係のある相手とそうでない相手とでは、受け取られ方がまったく違うということも忘れてはいけません。
境界線を分ける、たった1つの視点
「これは指導か、ハラスメントか」を判断するとき、私がいつも管理職の方にお伝えしているのは、「目的が業務改善に向いているか、それとも感情のはけ口になっていないか」という視点です。
同じ「なんでできないんだ」という一言でも、冷静に事実を確認したうえでの言葉なのか、苛立ちをぶつけているだけなのかで、意味はまったく変わります。管理職自身が、自分の感情状態を客観視できているかどうか。これが、境界線を守る一番のポイントです。感情的になりそうなときは、一呼吸置いてから話す。これだけでも、多くのトラブルは防げます。
私自身、社労士としてクライアントに厳しい指摘をする場面が少なくありません。そのときに意識しているのは、「相手を否定するためではなく、相手の会社を良くするために話している」という自分自身への確認です。この軸がぶれなければ、多少厳しい言葉になっても、相手にはきちんと届きます。配慮はするが遠慮はしない、という姿勢は、管理職と部下の関係にも、そのまま応用できる考え方です。
境界線を「個人の感覚」に任せない
管理職一人ひとりの感覚に境界線を委ねると、指導できる人とできない人の差がどんどん開きます。「何を、どう伝えるべきか」を会社としてある程度言語化し、ロールプレイなどで練習する場を作ること。制度としての基準(ハード)と、日頃からの言える関係性づくり(ソフト)、両方が揃って初めて、管理職は自信を持って指導できるようになります。
具体的には、「業務上の事実に基づいて話す」「人格や性格を否定する言葉は使わない」「他の従業員の前で叱責しない」といった、シンプルなルールを3〜5個程度にまとめて共有するだけでも効果があります。難しい理論より、明日から使える具体的な言葉のルールの方が、現場には浸透しやすいものです。
このルールは、一度作って終わりにせず、定期的に見直すことをお勧めします。実際の指導場面で「これはルールに沿っていたか」を振り返る機会を作ることで、ルールが形骸化せず、現場に根付いていきます。管理職同士で事例を共有し合う場を設けるのも効果的です。
よくある質問
Q. どこからがパワハラになりますか?
A. 業務上必要かつ相当な範囲を超え、人格を否定するような言動や、繰り返しの威圧的な態度がパワハラと判断されやすいポイントです。業務上の指導であることが明確で、人格攻撃を含まなければ、通常は指導の範囲内とされます。感情的な言葉遣いを避け、事実に基づいて話すことを意識するだけでも、リスクは大きく下がります。判断に迷う場合は、その場で結論を急がず、一度時間を置いてから対応することも有効です。
Q. 管理職向けの研修は何から始めればいいですか?
A. まずは実際にあった指導場面を題材に、「良い伝え方」と「避けるべき伝え方」を比較するロールプレイから始めるのがお勧めです。座学だけでは、いざという場面で使える形になりません。1回1時間程度でも、定期的に繰り返すことで着実に定着していきます。外部の専門家を交えることで、社内だけでは気づきにくい視点を得られることもあります。
Q. 部下から「ハラスメントだ」と言われたらどうすればいいですか?
A. まずは頭ごなしに否定せず、相手の受け止め方を一度聞いてみてください。そのうえで、自分の発言の意図を冷静に説明します。感情的な反論はかえって関係を悪化させます。判断に迷う場合は、一人で抱え込まず、上司や社労士など第三者に相談することをお勧めします。第三者を交えることで、当事者だけでは見えなかった事実が整理されることもあります。
まとめ
カスハラ対策と同じくらい、社内の指導が萎縮していないかにも目を向けてください。配慮はするが遠慮はしない。この姿勢を、会社としての基準と日頃の関係性の両方で支えることが、健全な組織づくりにつながります。指導を恐れない管理職を育てることは、結局のところ、従業員全体を守ることにもつながります。外からの脅威に備えることと、内側の健全さを保つこと。この両方に目を配ってこそ、本当に強い組織が育ちます。
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