先日、ある製造業の会社から相談が来た。内定を出したばかりの女性から、こう聞かれてしまったという。「求人には試用期間2ヶ月と書いてありましたが、試用期間と、有期雇用半年の違いは何ですか」
求人サイトには「試用期間2ヶ月、条件は本採用時と同一」と書かれていた。ところが実際には、社長の頭の中には別の計画があった。「入社後半年間は有期雇用(契約社員)として様子を見て、その間は昇給も賞与もなしにする」というものだ。それを、求人原稿を作った専務(採用担当)にも共有していなかった。そのため、内定を出したあとになって専務が初めてその話を本人に伝えたところ、当然、聞き返された。「求人と話が違いますよね」と。
これは決して珍しいケースではない。私の肌感覚では、むしろこういう会社の方が多い。今日は、この「求人票と実態のズレ」が、単なる説明不足では済まされない理由を書いておきたい。
目次
目次
- 求人票と実態がズレると、何が起きるか
- 職業安定法が求める「的確な表示」義務と罰則
- なぜ経営者は、自社の求人原稿を把握していないのか
- 「求人票通りに採用する」という誠実さの価値
- よくある質問
- まとめ
1. 求人票と実態がズレると、何が起きるか
今回のケースを、時系列で整理するとこうなる。
- 求人サイトには「試用期間2ヶ月、条件は本採用時と同一」と掲載
- 内定通知はメールで送付。この時点では有期雇用の話は一切なし
- 内定通知の数日後、専務から本人へ「実は入社後半年は有期雇用で、昇給・賞与なし」と追加で説明
- 本人はすでに前職に退職の意向を伝えたあとだった
- 「求人と話が違う」と気づき、不信感を抱いた状態のまま今に至る
この会社に悪意があったとは思わない。社長の構想と、専務が作った求人原稿が、単純にずれていただけだ。しかし、悪意の有無にかかわらず、求人票と実態が違えば、それは会社の責任になる。相手はすでに前職に「辞めます」と伝えている。後戻りしにくい状況に本人を追い込んでおいて、あとから「実は条件が違います」では、信頼を築けるはずがない。
この会社だけの話ではない。求人サイトを見て応募し、面接を受け、内定をもらい、前職に退職を伝える。そこまで進んでから条件の違いを知らされる求職者は、決して少なくないと感じている。採用する側は「求人票なんて、そんなものだろう」で済ませられても、応募する側にとっては人生の選択そのものだ。この非対称さに、経営者はもっと自覚的であるべきだと思う。
2. 職業安定法が求める「的確な表示」義務と罰則
求人票の内容は、会社が自由に書いていいものではない。職業安定法第5条の3は、業務内容・契約期間・就業場所・労働時間・賃金・社会保険の加入状況などの労働条件を、求職者に明示することを義務付けている。さらに2022年10月1日施行の改正で新設された第5条の4では、虚偽の表示や、求職者に誤解を生じさせる表示をしてはならないという「的確表示義務」が明文化された。
これに違反し、虚偽の広告や虚偽の条件を提示して労働者の募集を行った場合、職業安定法第65条により、6ヶ月以下の拘禁刑(懲役)または30万円以下の罰金の対象になる。「試用期間中も条件は同一」と書いておきながら、実際には半年間の有期雇用・昇給賞与なしという別の条件を用意していたなら、この「虚偽の条件提示」に該当しうる話だ。求人情報を常に最新かつ正確な内容に保つ措置を講じることも求められている。
さらに、当初示した労働条件を、採用の過程で変更する場合には、変更前と変更後を比較できる形で、遅くとも労働契約の締結までに明示しなければならないというルールもある(2018年1月施行の改正で強化された部分)。「内定を出したあとに、口頭やメールで急に条件が変わる」という進め方自体が、そもそもこの手続きに沿っていない。
3. なぜ経営者は、自社の求人原稿を把握していないのか
今回の会社に限らず、私が見てきた多くの中小企業で共通しているのは、「求人原稿の中身を、社長自身がきちんと把握していない」という点だ。採用担当(配偶者や総務担当者であることが多い)に任せきりで、掲載直前に一度確認する程度で済ませてしまう。助成金を使うかどうかの判断も、社労士や採用担当まかせで、社長自身は「有期雇用にすると助成金が使えるらしい」という程度の理解でしかないことも珍しくない。
これは仕組み(ハード)の問題だ。求人原稿を出す前に、経営陣(社長・専務など意思決定者が複数いる場合は全員)が、実際の雇用条件と原稿の内容が一致しているかを確認するチェック体制を作っておくべきだった。「求人を出すとき」「面接をするとき」「内定を出す前」の3つのタイミングで、事前に内容をすり合わせる。それだけで、今回のようなズレは防げた。
自社がどんな助成金を使っていて、それがどんな雇用条件を前提にしているのか。自社がどんな求人原稿を出しているのか。これは、経営者・幹部が本来、自分の頭で把握しておくべきことだ。「知らなかった」「担当に任せていた」は、求職者に対しては何の言い訳にもならない。
今回の社長にも、事情を聞くと心当たりがあった。以前相談していた社労士から「有期雇用にすれば助成金が使える」という説明は受けていたが、求人票にどう書くべきか、求職者にどう説明すべきかまでは、ほとんど指導を受けていなかったという。助成金の「取り方」だけを教わり、「使い方」を教わっていなければ、今回のようなズレが起きるのも無理はない。顧問の社労士が変われば、経営者に伝わる情報の質そのものが変わる。
付け加えると、有期雇用から正社員への転換を前提にした助成金は、実態が伴っていなければ「不正受給」と判断されるリスクもある。不正受給が発覚すれば、全額返還に加えて不正受給額の2割相当の加算金、さらに5年間はすべての助成金が受けられなくなる。悪質なケースでは事業所名が公表されることもある。「本人に説明しないまま、書類上だけ雇用形態を転換した扱いにする」というやり方は、この意味でも危険だ。この点は、以前も「助成金中毒の怖さ。200件・1億超の申請経験から言える、本当のことを書く」という記事で詳しく書いた。これからも、何度でも書くつもりだ。
具体的には、求人原稿を出す前に、社長・専務など意思決定に関わる全員で一度、実際の雇用条件(試用期間か有期雇用か、昇給・賞与の有無、正社員転換の時期と基準)を紙に書き出し、原稿の文言と突き合わせる。この一手間だけで、防げるトラブルは驚くほど多い。社労士に求人原稿のチェックを依頼するのも、有効な選択肢の一つだ。
4. 「求人票通りに採用する」という誠実さの価値
今回、私がこの会社にお伝えしたのは、「助成金の活用をあきらめてでも、求人サイトに書いた条件のまま採用してはどうか」ということだ。有期雇用・昇給賞与なしという条件は、会社側の都合であって、本人には一切関係のない話。求人票を信じて応募し、内定をもらって、前職への退職の意向まで伝えた人に対して、あとから「実は条件が違いました」と告げるのは、誠実さのかけらもない対応だと私は思う。
求職者に対して失礼なだけでなく、今の時代、こうした対応はSNSや口コミサイトに書き込まれてもおかしくない。一人の採用のために、会社の評判そのものを危険にさらす価値があるのか。冷静に考えれば、答えは明らかだと思う。
誠実さは、きれいごとではなく経営判断だ。目先の助成金や採用コストを優先するか、長い目で見た会社の信用を優先するか。私は、後者を選べる経営者と一緒に仕事をしたいと思っている。
5. よくある質問
Q1. 試用期間と、有期雇用(契約社員)期間は、何が違うのですか?
試用期間は、正社員(無期労働契約)としての採用を前提に、能力や適性を判断するための期間だ。労働契約そのものは期間の定めがない契約であることが一般的で、試用期間が終われば、そのまま本採用へ移行する。これに対して有期雇用は、契約期間そのものに定めがある労働契約だ。契約期間が満了すれば、更新しない限り雇用は終了する。試用期間中の待遇は本採用時とほぼ同じにするのが一般的だが、有期雇用の期間中は、昇給・賞与の有無など、会社が独自の条件を設定できる(ただし最低賃金や同一労働同一賃金など、他の規制には当然従う必要がある)。ただし、その条件を求人段階から明示していなければ、今回のようなトラブルになる。
Q2. 求人票と違う条件で、すでに内定を出してしまった場合、どう対応すればいいですか?
まず、いつ・誰が・どんな説明をしたのかという事実関係を、感情的にならずに整理することが最優先だ。そのうえで、求人票に記載した条件で採用するのが、本人との信頼関係を守るうえでも、法的なリスクを避けるうえでも、最も安全な選択になることが多い。どうしても条件を変えたい場合は、変更前・変更後を比較できる形で、書面で丁寧に説明し、本人の納得を得たうえで進める必要がある。自己判断で進めず、早めに社労士に相談してほしい。感情的な対応や場当たり的な言い訳を重ねるほど、後戻りできなくなる。
まとめ
求人票と実態がズレる会社の多くは、悪意があるわけではない。社長と採用担当の間で、情報が共有されていないだけだ。しかし、求職者にとっては、悪意の有無など関係ない。「求人票に書いたことは、事実である」——それだけのことを守れるかどうかで、会社の信用は大きく変わる。
労働者や求職者から「これってどうなんですか?」という質問が来たとき、間違った回答をしたり、放置をすれば、確実に大きなトラブルに発展するかもしれない。だからこそ、その時点で弁護士や社労士に相談するのが正解だ。

