前々回は「わかったとできたは別物だ」という話を、前回は「助成金という”罠”」について書いた。今回は、いよいよ本題だ。
中古ブランド品・アパレルのネット販売を手がける社長から依頼を受け、支援をスタートした初日の話をする。
私の支援には、明確なスタイルがある。社長のPCを直接触り、当日動くものを作る。スライドを見てもらうのではない。研修をするのでもない。スライドも、資料も、講義もいらない。社長の目の前で、実際に動かし、課題を解決する——それが当社の「伴走支援」だ。
目次
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訪問前にやったこと
訪問前に、私はひとつのことを決めていた。
「何を作るか」ではなく、「何が一番しんどいか」を先に聞く、ということだ。
問い合わせ時のメールと、その後の簡単なヒアリングで、社長の状況はある程度見えていた。
- 商品の出品作業を社長がほぼ一人で担当している
- 写真を撮り、状態を確認し、商品説明を書き、価格を調べて設定する——これを毎日繰り返している
- 以前、AIのセミナーに行ったが「戻ったら何もできなかった」という経験がある
私が注目したのは最後の一文だ。「戻ったら何もできなかった」——これが研修の限界を一番正直に表している。
ひとつだけ、訪問前にお願いしていたことがある。Claudeデスクトップアプリのインストールと、有料プラン(Claude Pro)への課金だ。無料版では画像のアップロードや長文処理に制限がかかる。「当日動くものを作る」ためには、最初から有料版が必要だ。これを事前に済ませてもらっておくことで、訪問当日のスタートが大きく変わる。
訪問当日に何を作るかは、現場を見てから決める。それが私のやり方だ。
社長の会社に着いた日
訪問当日。社長の事務所に入ると、デスクの上には商品の写真を撮るためのスペースが確保されていた。ライトがある。背景紙がある。出品用の商品が並んでいる。
泉「この作業、毎日どのくらいかかってますか?」
社長「写真を撮って、説明文を書いて、価格を調べて……1点あたり15〜20分はかかりますね。多い日は10点以上あるので」
泉「単純計算で、1日2〜3時間以上ですね」
社長「そうなんですよ!しかもこれ、ほぼ私しかやれなくて。スタッフに任せようと思っても、価格感とか説明のコツとか、なかなか教えきれなくて」
ここで私の方向性が決まった。「社長の頭の中にある判断基準」をAIに覚えさせる仕組みを作ろう。
まず「業務の現実」を聞く
仕組みを作る前に、私は必ず「現場の現実」を深く聞く。ここを省くと、いくら技術的に正しくても「使えない仕組み」ができあがる。
泉「商品の説明文を書くとき、何を一番気にしていますか?」
社長「状態の説明ですね。同じ商品でも、傷の位置とか色褪せの程度とか、ちゃんと書かないとクレームになるんです。あと、ブランドによってお客さんの見方が全然違うので」
泉「価格はどうやって決めてますか?」
社長「競合他社をいくつか調べて、その平均より少し安く設定する感じです。でもこれが時間かかるんですよね、毎回調べるので」
ここで、私はひとつ大事なことを社長に伝えた。
泉「今の業務に生成AIをどう組み入れるか——これも重要です。でも、それと同じくらい大切な視点があります。生成AIがある前提で、業務の方を合わせていく。つまり、今の仕事のやり方そのものを見直す、ということです」
社長「……業務を見直す、ですか」
泉「そうです。今のやり方を一切変えずに生成AIだけを足しても、効果は出にくい。生成AIが得意な形に業務を再設計する——そのつもりで今日は進めましょう」
社長「なるほど……!そうか、そういう考え方か!」
この一言が、社長の表情をはっきりと変えた。「AIを使いこなす」のではなく、「AIに合わせて仕事を変える」——この発想の転換こそが、実装支援の出発点だ。
泉「なるほど。じゃあ今日は、写真を渡すだけで——状態の説明文、価格の参考ライン、出品用タイトルが一括で出てくる——そこまで作りましょう」
社長「え、それって当日できるんですか!?」
泉「やってみましょう」
これもいつもクライアントに事前に伝えているが、「やってみなければ分かりません。どこまで出来るかも分かりません。それでもやってみますか?」と、私は必ず確認する。
現場を見れば、できるかどうか、どこまで出来るのか、が1時間程度で見える。「こうかな、ああかな?」と、机上の空論を描き続けるのははっきり言って時間の無駄だ。
社長のPCを直接触る
ここからが私の支援の本番だ。
私は社長のPCの前に座り、まず環境を確認した。ブラウザは何を使っているか。ChatGPTやClaudeのアカウントはあるか。普段の作業の流れはどうか。
事前にお願いしていた通り、ClaudeデスクトップアプリはすでにPCにインストール済みだった。
泉「起動してみてもらえますか?」
社長「はい、これですよね。ちゃんと有料のにしました!」
泉「完璧です。ではさっそく始めましょう」
まず「社長がどんな基準で商品を出品しているか」をまとめたプロンプトを設計した。ブランド名の読み方、状態説明のルール、価格設定の考え方——社長から聞いた情報をすべて言語化して、AIへの「指示書」に変換していく。
次に、実際の商品写真を使って試してみた。社長が普段出品しているバッグの写真をアップロードし、プロンプトを実行する。
数秒後、画面に出力が現れた。
- 出品タイトル(3案)
- 状態説明文(傷・色褪せの有無を含む)
- 価格の参考レンジ
- 社内管理用メモ
社長「……え、これ、私が書くより上手くないですか!?」
泉「社長が教えてくれたルールをそのまま入れてますから。社長の知識がAIに乗っている状態です」
当日、仕組みができた
その後、社長と一緒に何度かテストを繰り返した。
「このブランドはもう少し価格を高めに設定する傾向がある」「状態説明はもう少し丁寧に書いてほしい」——社長のフィードバックを受けながら、プロンプトを調整していく。
訪問から約3時間。ずっと隣で見てくれていた社長から「これ、めちゃくちゃヤバいです!実際に使えます!」という言葉が出た。
正直、私の支援に価値があるかどうか、クライアントの未来に繋がるかどうかは、社長にしか分からない。私がいくら「役に立ちますよ」と言っても、クライアントが「役に立たない」と感じたなら、役に立たないのだ。私は常に、そういう信念で仕事をしている。
だからこの日も、自分なりに出来ることはやったつもりだったが、『実際、どうなんだろうな?』という不安と、『おお、そうなんだ!めっちゃ喜んでくれている。良かった』という安堵の気持ちがあった。
研修であれば、この段階に来るまでに何週間もかかるか、あるいは永遠に来ないかもしれない。伴走支援が研修と決定的に違うのは、「社長の悩みが、その日のうちに解決したり、100%解決しなくても、未来に光が見える」ことだ。知識を渡して終わりではなく、動く仕組みをその場で作る。
以前、こんな言葉を読んだことがある。「人は未来に希望が持てた時に、はじめて幸福を感じる」——出典は覚えていないが、この言葉はずっと頭に残っている。社長の「めちゃくちゃヤバいです!」という言葉を聞いたとき、私はその一文を思い出した。解決できたのは出品作業の一部だけかもしれない。でも社長には、「この先、変えられる」という未来の光が見えた瞬間だったのだと思う。
最後に、操作方法を社長と一緒に確認した。どこをクリックするか、写真をどうアップするか、出力をどうコピーするか。「ひとりでできる」状態にして、訪問を終えた。
社長の反応
帰り際、社長がこんなことを言った。
社長「去年のセミナーでAIの話を聞いたとき、なんとなく便利そうだなとは思ったんですが、自分には関係ないというか、遠い話だなって感じがずっとあって。でも今日、自分の商品で実際に動いているのを見て、ようやく『これ、使えるんだ』ってなりました!」
泉「それが大事なんです。”なんとなく便利そう”と”自分の仕事で実際に動いている”は、全然違う体験ですから」
社長「セミナーで教わったのは”可能性”で、今日体験したのは”現実”ですね」
この言葉が、全てを言い表していると思う。
研修が教えるのは「ぼんやりとした可能性」だ。伴走支援が作るのは「現実」だ。
念のため伝えておきたいが、この企業への支援は、この日で終わりではない。
1週間後、また訪問した。約3時間、社長のPCで調整しながら、現場スタッフとも話をした。私はエンジニアではないので、「対話」を重視している。現場が何で困っているか、どうなったら課題が解決するか。社長の「思考のクセ」や「判断基準」はどうなっているか——これらは、対話からしか得られない。
ここを正確に掴めないと、いくら生成AIにお金をかけても、何にもならない。この2回目の訪問で、社長が抱えていた悩みのひとつを9割解消することができた。
そして今後は、月に1回の訪問を続ける。テーマは生成AIだけではない。労務、経営、組織づくり——社労士という肩書きに縛られず、社長の隣で考え続けることが私の仕事だと思っているからだ。
1回訪問して「はい終わり」ではない。社長が自分でできる状態になるまで、ずっと伴走する。それが私の言う「伴走支援」の意味だ。
よくある質問
Q. 訪問支援は、どんな業種でも対応できますか?
A. 基本的には業種を問いません。ネット販売、製造業、士業、飲食、建設……これまでさまざまな業種の企業に入ってきました。大切なのは「何の作業に一番時間がかかっているか」を最初に特定すること。そこさえ見えれば、どの業種でも生成AIを使った改善ポイントは見つかります。
Q. 泉さんと生成AIコンサルタントとの違いはなんですか?
A. 私は生成AIにこだわらないので、そこが一番の違いです。実は、ここ最近一番多い問題が、「生成AIで解決しようとして、逆に時間をかけることになっている(生成AIが目的になっている)こと」だと言われています。私はエンジニアではないので、「それは今のままでいいのでは?」「人間がやったほうが早そうですね」と言えます。生成AIが目的化しているコンサルタントは「生成AIで解決する」のが仕事、私は「企業の課題解決の手段に生成AIを活用する」のが仕事です。
まとめ
社長の業務が変わる瞬間は、スライドの中にはない。社長のPCの画面の中にある。
私が訪問支援にこだわる理由は、ここだ。現場に入らなければ、「この社長の仕事をどう変えるか」は見えない。見えないまま作った仕組みは、使われない。
「AI導入に興味はあるけど、何から始めればいいかわからない」という方は、ぜひ一度当社にご相談ください。話を聞くだけでも構いません。
次の記事では、訪問から3週間後——社長が自分でアレンジを始めた日の話をします。
筆者プロフィール
泉 正道(いずみまさみち)|特定社会保険労務士/採用定着士/生成AIアドバイザー
姫路を拠点に中小企業延べ150社以上へ伴走。採用・定着・労務の相談累計3,000件超(2026年6月現在)。北は福島、南は佐賀まで顧問先があり、全国オンライン対応。
「採用より定着が先」——これが口癖であり、信念。耳が痛くても言い続ける。親に与えてもらった環境や収入を「全て自分の力」と誤解する2代目社長に説教して解約された経験あり。それでも伝え続けるのが私の役目。
支援の軸は制度(ハード)と対話(ソフト)の両輪。就業規則や評価制度を整えるだけでも、研修や面談を繰り返すだけでも、人の問題は解決しない。両方が噛み合って初めて、人が辞めない組織が動き出す。伴走とダメ出しができる社労士。
生成AI支援では「研修を受けた企業の9割が1ヶ月後に何もしていない」という現実に向き合い、経営者のPCを直接触り、当日に課題を解決する「実装型」の伴走を展開。商工会・商工会議所・大手生命保険会社でのセミナー講師としても精力的に活動中。

